「あなた、この国にいられなくなりますよ」

 私は一晩考えました。
 私の決断はノー。たとえ上場停止になっても株は渡さないと決めました。
 最大の理由は、私がテクスケムを創立したときから取引をしていた銀行が上場したときに、ミスターXに株の30%を渡したところ、後々その株が同業他社に売られてTOBをかけられ、乗っ取られそうになったことがあるからです。その銀行は、寸前のところで乗っ取りを免れましたが、私の力では防戦できない。そうなれば、私が精魂込めて育て上げた会社が競合他社の軍門にくだってしまうかもしれない。それだけは避けたいと考えたのです。

 そこで、私は腹をくくりました。「やれるもんならやってみろ。ここまで世間が注目している企業に、上場停止なんてできるわけないよ」という気持ちもありました。

 もちろん、万一上場停止になった場合のリスクも考えました。私のメンツは丸つぶれです。応募してくれた機関投資家や一般大衆、社員、取引先にも顔向けができません。ただし、上場のために万全の資本を積み上げていましたから、最悪の場合でも会社の運営はできる。それが、私の最後のよりどころでした。

 翌日、定刻に女性弁護士は現れました。
 私は「ノー」と言いました。すると、彼女は顔色を変えて、こう脅しました。

「あなた、この国にいられなくなりますよ」

 しかし、私は譲りませんでした。

「あなたのボスに言ってくれ。何をしようとあなたたちの勝手だ。しかし、本当に私をこの国から追い出すのだったら、私にも覚悟がある。そのときは訴訟も辞さない。今回のこともすべて公にします」

 弁護士は無言のまま、私を睨みつけて部屋を出て行きました。