菅直人前首相が“平成の開国”を謳い文句に、参加に意欲を見せていた環太平洋経済連携協定(TPP)。11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)までに結論を急ぐ政府は、とりあえず協定そのものではなく、まず「交渉に参加する(その後の離脱もありうる)」という妥協点での合意を探っている。国内でこうした合意形成がなされる背景と、TPP参加を迫るアメリカの狙いについて、TPP反対の急先鋒である中野剛志・京都大学准教授が斬る。

「いったん交渉に参加した上で、離脱する手もある」――。

 枝野幸男経済産業大臣は9月23日、シンガポールでゴー・チョクトン前首相と会談し、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉について、そう説明されたという(9月24日付け日本経済新聞)。枝野大臣は、翌日のテレビ番組でもその前首相のアドバイスを紹介したうえで、「交渉に参加することと、TPPに参加することは別なんだと、多くの人に理解してもらう。まず閣内で共有したい」と述べたようで、私は心底驚いた。

 TPPの問題が持ち上がってから一年が経過し、しかも前政権下では震災前まで最重要課題の扱いをされていた。にも関わらず、「交渉参加」と「参加」の違いすら閣内で共有されていなかったとしたら、これはゆゆしき問題である。

9ヵ国が交渉中のTPP
本当に「交渉参加」≠「協定参加」か?

 TPPは2006年に締結したシンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランドの4ヵ国に加え、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの計9ヵ国が交渉中という段階にあり、未だ合意に至っていない。確かに、今のところ日本が判断を求められているのは、この交渉に参加するか否かであって、TPPという協定への参加それ自体ではない。

 そもそも主権国家の外交交渉である以上、TPP交渉に限らず、あらゆる交渉について、途中離脱は国際法上可能である。それどころか条約ですら、国際法の形式上は、締結後に離脱や破棄をすることも不可能ではない。そのようなことは、わざわざシンガポールの前首相に言ってもらうまでもない話を、なぜ今になってことさら強調するのか。

 もっと不可解なのは、日本が目指す最終目標が示されないことだ。

「交渉に参加したうえで、どうしても譲れないことがあれば抜ければいい」というのだが、そもそもTPP交渉上、我が国にとって「どうしても譲れないこと」として、政府は何を念頭に置いているのだろうか。言うまでもないが、交渉参加にあたっては、どのような交渉結果を目指すのかを決めるべきであるし、それを説明することは、政府の国民に対する当然の責任である。

 ところが、TPP交渉参加問題が持ち上がってから一年にもなるが、政府は依然として、TPP交渉において「どうしても譲れないこと」とは何かをなんら示していないのである。