背の高くない乗務員はいちいち座席のステップに足をかけて、中を覗き込まなければならず、手間と時間がかかっていたのだ。FFミラーがあれば、通路から見るだけで確認作業が済むのだから大助かりだった。

 手応えを得た小宮山は航空機用のFFミラーの開発を進めると共に、エアライン会社の知人のアドバイスで、1996年に無謀にもアメリカのボーイング社にサンプルと手紙を送った。「とりあえず送ってみようという軽い気持でした」と小宮山は言う。
 
 ところが、なんと2ヵ月後に英文ファックスで返事が届いた。そこには、いくつかの確認事項と要求が書いてあり、すぐに回答がほしいとあった。実はちょうど、その頃、ガラス製のミラーから割れないミラーへのガイドライン変更が進んでいた最中だった。プラスチック製で軽量のFFミラーはニーズに最適だったのだ。

ボーイング社とサシで交渉
世界進出の「足場」を築く

 ところが、航空業界について何も知らないコミーでは質問の意図も、どう返事をしていいのかもわからない。

「何もかも初めてで、英語も知人に訳してもらう始末でした」

 とりあえず、正式回答を待ってほしいと返事をして、エアライン関係者に聞きに行った。なんとなく相手の言う意味がわかってきたが、その2週間後、国内の大手航空機部品メーカーから連絡があり、「アメリカ支社でボーイングからFFミラーのサンプルを見せられたから教えてほしい」と依頼があった。

 このことで、小宮山達はボーイング社がFFミラーを実績のあるこの大手につくらせるのではないかと不信感を募らせた。

 そのうち、ボーイング社の部品購買責任者が日本に来るので、会いたいと連絡があった。コミーの実績をわかってもらうチャンスと小宮山は思ったが、敷地面積50坪の小さな工場を相手が見たら、失望するのではと不安になった。とはいえ、取り繕ってもバレるだけだ、誠心誠意対応するしかないと腹を据えた。

 会議当日、のっけから核心に触れた。「サンプルを同業に渡して、同じものをつくれないかと確認したのではないか」と質した。すると、責任者は「そんなことはしない」と明確に否定し、3時間真剣勝負の話し合いの中、お互いの信頼関係をつくることができた。最後には「会社や建物の大小など全く関係ない」と言ってくれて、小宮山たちを感激させた。