政府と日銀の「最後の対立」となったのは、13年12月から14年1月にかけてだろう。ちょうど安倍政権が誕生し、日銀が抵抗してきた物価目標の設定と「アコード」の締結を求めていたときだ。

「日銀は四面楚歌だった。自民党だけでなく、民主党(現民進党)内にも強硬な声はあったし、みんなの党なども独自の日銀法改正案を議員立法で提出した。周りは敵だらけという状況だった」と、政府との折衝に参加した日銀関係者は振り返る。

 このときは、「マネーの量を増やし穏やかなインフレを起こせばデフレは解消する」というリフレ論を採用した安倍政権と、「デフレは様々な経済主体の動きが絡まって生じたもので、金融政策だけでは限界がある」という日銀は対立した。

 しかし、最終的に13年1月の金融政策決定会合で、日銀は政府との「共同声明」を採択。「2%物価目標」という明確なインフレターゲット政策を、史上初めて導入せざるを得ないところまで追い込まれた。

黒田総裁就任後、
戦わない日銀に一変

 だが、こうしたバトルの風景は、2013年3月、黒田東彦・現総裁が就任すると一変する。

「2%物価目標」を掲げ、大量の国債買い取りなどの「異次元緩和」に突き進む今の日銀は、政府と鋭く対立した過去の面影はないし、安倍首相も黒田総裁に対する信頼を表明している。

 また、最近もリフレ派のエコノミストを審議委員に据えるなど「体制固め」が進む。

 理事経験者のあるOBが現役だったころは、「日銀と政府の意見が一致しないことなど日常茶飯だった」と言う。

 「今の日銀は、政府の言うなりになっているように見える。一昔前のようだ。独立の気概はどこに行ってしまったのか」とあきれ顔だ。

 確かに黒田総裁がトップとなって以降、政府との間で世間に注目されるような対立が顕在化したことはない。

 安倍首相は、脱デフレの物価目標を掲げ、12年の選挙で勝利して政権に返り咲いて以降、「アベノミクス」と名付けた経済政策を推し進めてきたが、その中心は黒田総裁による異次元緩和。「デフレからの脱却には大規模な金融緩和が必要だ」とする政権側と黒田総裁の考え方は一致し、対立は生じなかった。

 そんな現役の姿にOBたちは、「一体、あいつらは何で政府と戦わないのだ」と、怒り心頭だ。