「目先の利益」よりも、「実力」を養うことを優先する

 この経験は、私に大きな教訓を与えてくれました。
 ビジネスは予測不可能なゲームです。地政学的状況変化、経済情勢、株価、為替などを完全にコントロールできる主体などこの世にはありません。だから、私たちは、世界の動向に対してとことん臆病でなければなりません。特に、リーダーはそうです。”甘い見通し”で何かを決断することによって、組織に壊滅的な打撃を及ぼすことを、徹底的に恐れる必要があるでしょう。

 しかし、経済活動というものは、しょせんは人為的な営みにすぎないとも言えます。人為的な営みであるからこそ、人為的なリスク回避策を立てうるはずなのです。為替リスクという予測不可能性に対しては、種々のリスクヘッジ策が用意されています。こうした手立てを愚直に講じることによって、かなりのリスクを回避することができる。いわば、リスクを「自分の手のうち」に収めることができるのです。

 だから、グローバル企業の経営者のなかには、「円高に振れたために売上・利益が失われた」と言う人もいますが、私には“言い訳”にしか聞こえない。為替リスクがあるのはビジネスの前提なのですから、たとえば超円高だったときの「1ドル70円」でも常に健全な経営ができる仕組みをつくればいいのです。「1ドル70円」よりもさらに円高になるリスクもありますが、100円で設定した場合に比べれば、万一の場合であっても浅い傷で済むでしょう。

 実際、私は海外担当だったころからこれを徹底していました。海外部門の業績評価を為替のせいにしてはならないと考えていたのです。もしも、円安に振れたら売上・利益は増大しますが、それは“ボーナス”だと捉える。たまたまもらった“ボーナス”を実力で稼いだものなどと考えるのではなく、常に「1ドル70円」だったら業績はどうだったかという視点で考える。そして、「実力」を磨くことにのみ専念する。これを徹底しておけば、為替リスクを「手のうち」に収めておくことはできるのです。

 これは為替に限ったことではありません。あらゆる経済現象に対して当てはまることだと私は考えています。その意味で、「自然」という完全にコントロール不可能な存在を相手にする農家さんに比べれば、私たちのビジネスは非常に簡単なものだとも言いうる。重要なのは、世界を臆病な目で見つめ、常に「リスクを自分の手のうちに収める」ためにできる限りの手立てを講じておくこと。これこそが、リーダーの果たすべき役割なのです。