苦い思い出、ありました
太朗さんは、感心したような相槌を打っていたけれど、オレはびっくりした。
オレは子どもの頃から理容の世界にどっぷりつかって生きてきたから、男の言うことが正しいことはよく理解できたし、ここまで理容業界のことを把握していることに、正直驚いた。
「その本を書いた方をご存知なんですか?」
「保田さん」という言い方から、オレもこの男は面識があるのかなと思ったが、その質問を太朗さんが代わりにしてくれた。
「昔、クライアントを取られたことがあるんや」
男は、イヤなことを思い出してしまったような表情を見せた。
男の話によると、駆け出しのコンサルタント時代、某家電メーカーの若い役員に経営コンサルタントとして食い込み、小さなプロジェクトを2つ、3つ成功させた。
それをきっかけに、彼を社長に育てようと思っていた矢先、マイケル保田が乗り込んできて創業社長に食い込み、接待漬けで籠絡して、奪取されたらしい。
「それでうまいこといってたら、まだええんやけどな」
結局、保田は経営の多角化を提案。
創業社長がシナジー効果のない新規事業に次々と手を出して、息子に社長を譲る頃には、会社の経営基盤がすっかりボロボロになってしまったらしい。
「オレがついた役員を社長にしていたら、今頃、世界最大の家電メーカーになってたろうにな……」
男は悔しそうに言った。