前年売上を維持できる理容室は数%もない!?

マイケル保田は、米国でそんな戦略系経営コンサルタントという職業を確立した5人のうちの1人で、“伝説のコンサルタント”として知られていた。

その保田が帰国し、まだ日本で成熟していなかった米国流経営コンサルティングのノウハウを紹介するきっかけとなったのが『企業戦略の時代』だった。

「まあ、保田さんが悪いわけではないんやけどな」と、男は説明を続けた。

「当時、わかりやすい例がなく、日本人に馴染みの深い理容室を例に出して紹介しただけや」

保田が予言したから「10分1000円の理容室」が日本に増えたのではなく、そもそもそれは、避けがたい社会の潮流だったのだろう、とも言った。

「でも、保田さんの予言は正しかったんや。事実、そのとおりになってるしなあ」

『企業戦略の時代』が出版された1970年代は、組合に属する理容室が大半だったから、大きな競争にさらされることもなかった。

一部には、組合から離反し、低価格で勝負する理容室もあるにはあったが、その内容は、洗髪、顔剃り、マッサージありの「総合調髪」であり、理容の概念を大きく変えるほどのインパクトはなかった。

だから、競争主義の米国系経営コンサルタントの保田がそういう批判をしたことにも、一理あるのだと言う。

ところが今は、組合に属さない価格破壊型の理容室が次々と生まれ、業界全体の競争も厳しく、組合所属の理容室で前年の売上を維持できているところは数%もないのが現実だろうと、男は説明した。

「なるほどですね……」