ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。マネタイズ対談2人目のゲストは、2015年、創業者から引き継いで異業種からパンツ業界に飛び込んだ株式会社TOOTの代表取締役社長・枡野恵也さん。超個性的かつ高品質な男性用パンツを企画・製造・販売する同社では、今、1枚2万円もするシルクのパンツが飛ぶように売れています。その素材は、京都で300年続く技術を継承した会社が8年もの歳月をかけて開発したものだそうです。そのマネタイズ戦略とは?
“知る人ぞ知る料亭”が、PR活動をしてみたら
川上 TOOTが毎週新商品を発売するというお話は、前回、ご登場いただいたレーシングドライバーの山本左近さんのインタビューにも通じるな、と思いました。枡野さんも、超高速PDCA、左近さんの場合はF1にちなんで「音速バグ取り」と勝手に呼びましたが(笑)。それを回してバグ出ししながらゼロイチからイチジュウにしている。
枡野 たしかに、似ていますね。
川上 短いサイクルで仮説の構築と検証を繰り返しながらユーザーのニーズを探る点は、リーンスタートアップにも通じるものがあると思いました。
枡野 そうですね。TOOTは、私が社長になったときに創業からすでに15年が経っていたのでベンチャーというくくりには入らないかもしれませんが、リソースがふんだんにあるわけではなかったので、その中で、例えば商品PRの一つをとっても、どこに向けて価値提案すれば新規顧客に関心を持っていただけるか、こまめなトライ&エラーを繰り返しました。
川上 TOOTは元々、「知る人ぞ知る料亭」というスタンスだったとおっしゃっていましたが、枡野さんは「より多くの人にちゃんと知ってもらえるよう価値提案する」ことを始めたのですね。PR展開してみて、どんなところに刺さりましたか?
枡野 それが意外なところばかりで……。はじめは、新商品が出るタイミングに男性ファッション誌に広告を出していましたがあまり反響はなく、それよりも、ビジネス誌に広告出稿する方が売上に直結しやすいことがわかりました。あるいはネットマーケティングにおいては、「父の日」などのイベント時に大々的にプロモーション施策を展開するのが王道とされますが、実際には、私が経営者のキャリア論についてインタビューを受けたときの記事がネットに掲載されたときの方が反響があるとか……。
川上 古典的なセオリーに固執していたら、勝機を逃してしまうということですね。
枡野 そうです。PR施策と言えば、PRするつもりではなかったのに、結果的にこれまでで最も大きな反響につながった出来事がありました。
川上 それはなんですか?
枡野 私が社長に就任して1年が経った頃、売れ行きに対して生産が追い付かない事態に陥ったので、宮崎県日向市にある自社工場の縫製スタッフを募集しました。しかし、ほとんど応募が来なかったんです。
「どうしてだろう?」と考えたところ、その理由は、すごくシンプルで「よく分からない、知らない会社には応募したくない」というものだったんです。
川上 それは、そうですね。
ものづくりの会社は、製造現場が最も大事
枡野 私は、東京やネット界隈といった一部だけの反応を見て、TOOTの認知度は、そこそこ上がっていると思い込んでいました。しかし、それは思い上がりだったのです。地方では、テレビもローカル局やケーブルテレビの方が多く視聴されていますし、新聞もその土地に根付いた地方紙の方が圧倒的に読まれています。
近年では、地元のフリーペーパーなども盛り上がりを見せており、影響力も極めて大きい全国展開されるビジネス誌やネット記事よりも、影響力のあるメディアがその地方ごとにあった。そういった状況を全然把握していなかったのです。同時に、とても大事なことに気づかされました。
川上 どんなことですか?
枡野 モノ作りをしている企業なんだから、モノを作っている現場が最も大事だということです。それ以降、日向市の工場に足繁く通うようになり、工場のスタッフをはじめ地元の様々な方とお話しするようになりました。その過程で、宮崎市長とお会いする機会に恵まれ、弊社の話をしたところ、「とてもいい商品だから、ふるさと納税の返礼品にしましょう」とおっしゃってくださったのです。
川上 出会いがあったのですね。
枡野 TOOTのパンツがふるさと納税の返礼品になったことは、宮崎日日新聞や読売新聞宮崎版など、宮崎県の全新聞で報道され、宮崎県のローカルニュース番組でも紹介されました。これが起爆剤になり、宮崎県内だけでなく全国区でのパンツの売り上げが急伸しました。
工場スタッフを採用するためのPRが、全国的な反響につながるとはまったくの予想外でした。既存のお客様には「TOOTのパンツって、宮崎県の工場で作っていたんだ」ということを知らなかった人も多かったようです。新しいストーリー、新しいバリューが生まれ、それが再評価されて売り上げにつながったのかもしれません。
川上 ますます、生産が追い付かなくなりそうですね。
枡野 まさにその通りで、現在は、新商品を発売してもすぐに売り切れてしまう状態で、まったく生産が追い付きません。お客様にはご迷惑をお掛けしてしまい、お恥ずかしい話なんですが……。
川上 ロングテールもへったくれもなく全部売れてしまうのですね。
男性下着は、まだまだブルーオーシャンの世界
枡野 お陰様で。しかし、急ごしらえで増産体制を整え、やみくもに売上増加を目指すのでは、ブランドアセットを壊しかねません。お客様からの「こだわりぬいた匠(たくみ)のパンツ」というご評価を死守しつつ、少しずつ生産体制を整えていこうと思っています。
川上 海外展開については、どうお考えですか?
枡野 世界的に見ても、男性下着は、まだまだブルーオーシャンだと考えています。海外の百貨店の男性下着のコーナーに行くと、似たようなデザインで、色も地味めなモノが並んでいることが多いです。TOOTのように確かな縫製技術があり、フロントカップがついていて、デザインもカラーバリエーションも豊富なパンツは他に見当たりません。つまり、世界最高峰のブランドとして確立できるポテンシャルがあるんです。現時点では、卸先は、アジア圏を中心に約十ヵ国あるものの本格展開しているわけではありません。
しかし、アジアで言えば、すでに中国やタイで、TOOTのニセモノが大量に出回っているという事実があります。そのぐらいブランドは確立しているので、販路を整え、店頭で購入したいお客様向けに販売できれば一気に認知される可能性はあると思っています。
川上 そう思います。
枡野 またパンツって、実は提供している価値がユニバーサルなので、はいた瞬間に「これ、いいね!」とニヤっと笑みがこぼれるのは、世界共通です(笑)。その意味でも海外展開は視野に入れていきたいですね。
川上 パンツはどこにでも売ってるけど、縫製とデザインが両立しているパンツはない。そう考えれば、海外では「黒船」ぐらいに思われるインパクトのあるゼロイチの商品かもしれないですね。最後に、今後の展望を教えてください。
枡野 名実ともに、TOOTが世界最高峰のパンツブランドだということは、これからの10年間で証明できたらと思っています。その中の一つのターニングポイントは、東京オリンピックが開催される2020年。ビジネスに追い風が吹くのが分かり切っている状況のなか、あと3年間で、ブランドの礎を築きたいです。
川上 いいですね。
枡野 もう一つ、実は、TOOTではパンツと並行して、アパレルも作っているんです。今日、私が着ている洋服はTOOTブランドのものです。洋服、下着で信頼のあるファッションブランドという地位を確立し、そのうえで、いずれ、車なのか、家電なのか分かりませんが、企業体力に応じて「TOOTだから、こんな商品ができたんだね」というあっと驚く異業種へのゼロイチのチャレンジもしてみたいです。
川上 全幅の信頼を下着で勝ち取れば、「TOOTがやるなら、間違いない」につながりますからね。ひとつの分野で突き抜けた価値提案のやり方は、他のビジネスにも適用できます。そこにマネタイズをいかに合わせるかさえきちんと考えれば、ますますビジネスは尖っていきますからね。バルミューダを超えるおしゃれな家電が、TOOTから出てくる可能性もあり得ますね。TOOTのこれからを楽しみにしています。
本日は、どうもありがとうございました。
枡野 こちらこそ、ありがとうございました。
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)
(おわり)
※次回は、12月19日(火)に掲載します。