センスだけで簡単に変化球を投げられるような天性の器用さについては、正直なところ、「すごい!」「うらやましい!」と感じる。しかし一方で、コツコツと地道な作業の末に身につけた技術こそ、本当の意味で自分のものになるという実感もある。これは負け惜しみでもなんでもなく、素直にそう思っていることだ。

 先ほど、まっさらな土地に練習という素材で“作品”をつくり上げる、という例え話をしたが、たとえ時間はかかっても、材料を一つずつ堅実に積み重ねていって出来上がった土台は頑丈で長持ちする。一方、センスだけで築き上げた土台は脆くて崩れやすい。つまり、瞬間的に技術をマスターできたとしても、一旦、調子を崩してしまうとなかなか修正がきかない場合が多いのだ。

 それに僕は、練習という素材を一つずつ積み上げていくあいだに、天才型の選手に比べて数多くの失敗を経験してきた。それは言い換えれば、それだけ数多くの技術の引き出しを持っていることと同義でもある。今の僕なら、後輩から投球動作に関する質問を受けても、それなりのアドバイスをすることはできると思っている。

 コツコツと地道な練習で身につけた技術にこそ価値があるのだ。不器用さは、僕のプロ野球選手として数少ない長所の一つだろう。

和田毅(わだ・つよし)

1981年生まれ。プロ野球選手(投手)。福岡ソフトバンクホークス所属。左投左打。
島根県出雲市出身。浜田高校ではエースとして甲子園に出場。早稲田大学では東京六大学野球の奪三振記録を大きく更新し、「ドクターK」と呼ばれた。
プロ入り後(福岡ダイエーホークス・当時)、1年目からローテーションの一角を担い、シーズン14勝。日本シリーズではルーキーながら第7戦で先発完投勝利、胴上げ投手となり、満票で新人王を獲得。2010年には自身初となる最多勝を獲得し、MVP・ベストナインにも選出された。2011年に左腕史上最速となる通算200試合目での100勝を達成。
2011年のオフに海外FA権を行使し、MLBボルチモア・オリオールズへ移籍。1年目開幕直前に左ひじの手術を受け、2014年にシカゴ・カブスへ移籍。その年、7月に3年越しとなるメジャー初登板を果たすと、シーズン4勝を挙げる活躍で日米野球のMLB代表に選出、日本のファンの前で凱旋登板を果たした。
2015年に日本球界への復帰を決断。2016年シーズンからは、福岡ソフトバンクホークスに所属し、同年に最多賞・最高勝率のタイトルを獲得。

第3回(2月28日掲載予定)に続く