ただし、いくら習慣化できたとしても、そのために漫然として取り組んだのでは、練習をする意味が失われてしまうだろう。

 一口に「練習」と言っても、その内容はさまざまだ。ウエイトトレーニングやランニングに代表されるフィジカル面を鍛えるための練習。ブルペンでの投球など技術を磨くための練習。他にメンタルトレーニングもあるし、大きく言えば、対戦相手のデータを分析したり研究したりすることも、練習の一環ととらえられなくもない。

 それらすべての練習に共通して言える大切なのは、「どんな目的で、このメニューを行っているのか」をつねに意識することだ。毎食後に歯磨きをしても、雑にやっていたら虫歯になることもあるだろう。同じように、いくら単調なメニューだとしても、別の考え事をしながら練習をやっていたら効果は期待できない。

加齢による衰えに抗い続ける

 僕は明日2月21日で37歳を迎える。もはやプロ野球選手としてはベテランの部類だ。僕が今からどんなに猛練習を積んでも、150キロを超す剛速球を投げられるようにはならないだろうし、野球選手として今後の肉体的な成長は、なかなか期待できないかもしれない。

 もちろん、「もっとレベルアップするぞ」「少しでもうまくなりたい!」という気持ちは、いつも忘れていないつもりだ。そうは言っても、実際、肉体的な衰えを感じる場面は少なからずあるし、以前なら無意識に使えていた細かな筋肉が、動きづらくもなっていると思う。筋肉の弾性や柔軟性も少しずつ落ちてきているはずなので、ケガをするリスクが高まってきているのも事実だ。

 しかし、そういうわずかな衰えを感じることがあっても、ピッチャーとしてのトータルの能力で考えれば、まだ何年も現役を続けられる自信がある。それに同年代の投手と比べた場合、年齢の衰えには抗い続けているほうだという自負もある。

 僕は、プロ入り3、4年目から、パーソナルトレーナーの土橋恵秀のアドバイスを受けて、「10年後の自分」を意識したトレーニングを積んできた。神経系の働きや筋肉の柔軟性には、人一倍気を使ってきたつもりだ。プロ16年目の今季も、マウンドに立ち続けられているのは、そのおかげだろう。

 現在、自分がやっている練習は、今の能力をアップさせるためなのか。それとも、現状のコンディションを維持するためなのか。または将来的な備えなのか。同じようなフィジカルトレーニングだとしても、狙いが何かによって、意味合いは大きく違ってくる。

 何のための練習なのか──目的をハッキリさせることは練習に臨むうえで非常に大切だと思う。