つまりチワワとセントバーナードは同じ遺伝子を持っているけれど、その遺伝子がどういうタイミングで働くかは違っています。その違いは遺伝するので、あるパタンで働くもの、こっちのパタンで働くものというように分けて、同じ系統で掛けあわせると、それが固定されていくのかもしれません。そんな風に、生物の多様性の起源が突然変異だけじゃないということが、より明確に理解されていくんじゃないかなと思います。

病気になりにくい遺伝子を作れる?

――理解が進めば、病気になりにくい遺伝子コントロールができるようになりますか?

 そうですね。例えば一般的に「うちはがん家系だ」みたいな言い方がありますよね。確かに発がん遺伝子みたいに、明確にがんをもたらす遺伝子の変化はいくつか知られています。でも一般的に、がんは遺伝によってなるのではなく、食事や生活習慣、さまざまな環境の集積、長生きによりエラーが体の中に蓄積することなどの兼ね合いで起こります。

 とはいえ、ある種の地域や生活習慣には、がんの要因があると理解されています。それは、実は遺伝子に直接働きかけているのではなく、エピジェネティクスなものに働きかけて、病気にしやすい状況を作り出している場合があると思います。そういうことがわかると、その状況を避けて、要因がエピジェネティクスに働きかけないように改善できれば、病気にかかりにくくなる生活習慣を作ることが可能だと思うんですね。

――エピジェネティックながん治療が可能になるのでしょうか

 がん細胞は本当は肝臓の細胞だったり、肺の細胞だったり、分化が完成した細胞がある時、自分の分を忘れて未分化の細胞、つまり個性のない細胞に戻ってしまい、増えることだけをやめなくなってしまった細胞です。

 そういう変化はどうして起こったかというと、DNA上でどの遺伝子が働いてどの遺伝子が働かないという、ある意味エピジェネティクスな決定がリセットされてしまい、そのために無個性になって増殖だけをやめなくなったと考えられます。リセットされるとはどういうことかというと、DNA上のメチル化やアセチル化などの化学装飾が取り外される、つまり一度注釈として書き加えられていたものが消されてしまい、受精卵に近いまっさらな状態、あるいはES細胞やiPS細胞に近い状態になってしまったということです。

 だから、エピジェネティクスな意味の修飾がリセットされるのを防ぐと、がん化が防げる可能性はあると思います。ただ一度がんになってしまったものは、もうリセットされてしまっているので、そこにどうやって働きかけてがんを防ぐかは、すぐには想像できないですね。