第一章
3
森嶋とロバートは、アメリカ大使館からの迎えの車で総理官邸に向かった。
車寄せに入ると、待っていた黒いスーツの男たちに連れられて執務室に通された。
窓際の大きな机には、テレビや新聞で見慣れている男が座っている。能田雄介内閣総理大臣だ。横には官房長官の山本良夫が立っていた。
森嶋の通訳で、ロバートが大統領からのメッセージ付きのレポートを手渡した。
「アンダーソン大統領はお元気ですか」
「大統領は内外の多くの問題を抱えておられます。その一つひとつに精力的に取り組んでおられます」
「ぜひ、大統領に訪日の機会を持つよう、お伝えください」
「現在、世界は多くの問題を抱えております。その解決には一国の努力では困難な場合もあります。我が国と貴国は、長期にわたり有効な関係を維持してまいりました。今後も、世界平和の安定とさらなる発展に貢献できることを願っております」
森嶋はロバートの言葉を正確に訳すことに集中した。
「先の震災では、我が国は世界から多くの援助と温かい励ましの言葉と心をいただきました。特にアメリカ軍の支援は、大きなものでした。感謝の念にたえません」
「このレポートは大統領直属のシンクタンクが書きあげたものです。我が国を代表する英知の集団です。どうか参考に願いたい」
ロバートは慇懃な口調で続けた。森嶋の知る多少軽薄とすら思える男の姿はなかった。アメリカ大統領の言葉を伝える特使としての役割を果たしている。
「総理、閣議の時間です」
入ってきた秘書の言葉で話は中断された。
その間の時間はおよそ10分。だがロバートがアメリカからやってきたに値する10分だった。それは森嶋にも分かった。森嶋には1時間にも感じられる時間だった。
しかし、お互いの言葉は完全にすれ違っている。森嶋は訳しながら、何度も違和感を覚えた。