その間、森嶋は行動を共にしたが、アメリカ人のタフさにはいつも驚かされる。大学に通っているときにも、彼らはよく勉強し、よく遊んだ。陽気で楽天的な半面、ハードな合理主義者だ。大学でも図書館は24時間開いていたし、階段に腰かけて、芝生で寝そべって、廊下に座り込んで教科書を広げている学生たちをいつも見かけた。

 しかし機内ではロバートはすぐにファーストクラスのシートで眠りに落ちるだろう。どこでもすぐに眠れるのは、彼の特技だ。

 森嶋はまる1日以上ほとんど寝てないにもかかわらず、眠気はなかった。神経が異常に高ぶっている。

 車で送らせようというロバートの申し出を断り、出発ゲートまで見送った。

「森嶋君、お久しぶり」

 ロバートと別れて歩き始めたとき肩を叩かれた。

 振り向くとショートヘアの長身の女性が森嶋を見つめている。

「野田先輩、奇遇です」

「その先輩と言うのはやめてくれない。あなたといくつも変わらないでしょ」

「先輩は先輩ですよ。何年たっても変わらない。それに先輩、後輩のけじめについて話してくれたのは先輩です」

 野田理沙は森嶋より2歳上だ。同じ大学の政治研究会に入っていた。大学卒業後、ハーバード大学に留学して、ビジネスコースの修士号を取っている。

 帰国後は東京経済新聞の記者として、日本とアメリカを行き来している。

「あのアメリカ人、アメリカ人だわね。どこかで見たことあるんだけどな。誰だっけ」

 理沙は振り向いて言った。すでにロバートはゲートの奥に消えている。理沙独特の聞き方で、見たことなどありはしないのだ。

「ハーバード時代の友人です。彼が帰国するので送ってきただけです」

「彼、仕事は?」

「アメリカ政府関係の仕事らしいけど、詳しくは知りません」

「言いたくないわけね。いいわ、調べれば分かるもの。あのハンサム、たしかにどこかで見たことがある」

 理沙は再度振り返ったが、ロバートの姿が見えるはずはない。

 どこで見たのか聞こうと思ったが、これ以上追及されても困るので黙っていた。

「ハーバードはどうだった」

「先輩も昔、3年いたんでしょ。僕より長い。あまり変わってないと思います」

「歴史が大学を作り、国を作るか。ところで国交省での国造りは上手くいってるの」

「その評価は先輩たちが下すんじゃないんですか」

「国民が下すのよ。私たちは事実をありのままに伝えてね」

「その上でほんの少しの意見を述べるだけでしたね」

「その通り。ほんの僅かの吹けば飛ぶようなささやかな見解をね」

 理沙はかすかに笑った。

「帰国祝いをしてあげるから、時間のあるときに電話ちょうだい。番号は前と変わってないから。もう、メモリーから消去したんじゃないでしょうね」

「大丈夫です。僕の携帯番号は変わりましたが」

 そう言って、携帯電話を出して理沙の携帯電話に新しい番号を送った。

「先輩こそ、見送りですか出迎えですか」

「出迎えよ。東京まで1人で来られない外国人が多いのよ。世界的な学者さんなのにね」

 じゃあまた、と言って理沙は森嶋と反対方向に歩いていく。

 その後ろ姿を見送ってから、森嶋は駅に向かうため階段を下りていった。