能田総理大臣はもう一度デスクに目をやった。

 デスク上には二つのファイルが置かれている。

 一つは日本語、そしてもう一方は英語とその日本語訳だ。

『東京直下型地震の発生確率』

『日本経済崩壊が及ぼすアメリカ合衆国、および世界における影響』

 日本語のファイルは東都大学、准教授の論文で、国交省に森嶋真について問い合わせると資料と一緒に送られてきたものだ。

 英語のファイルは突然訪ねてきたアメリカ大統領特使が持ってきたものだ。わざわざ、日本語訳もついていた。

 総理は〈機密〉と判の押してあるファイルを手に取った。これは英文にある〈シークレット〉を訳したものか。

 すでに二度読み返しているが、違和感がぬぐえない。そして何より、自国以外の国からこういうものを渡されると、よけいなお世話だ、と突き返したい衝動にかられる。

 しかし持ってきたのがアメリカ大統領特使となると、むげにもできない。

 ほんの10分ほど会っただけだが、あのロバート・マッカラムという大統領側近の男は、強い印象を残した。総理の無愛想な態度などまったく意に介していなかった。

 大統領のシンクタンクが作成したというレポートを渡して早口で説明した。日本発の世界大恐慌という言葉が何度も出てきた。わずかの極東の揺らぎが、世界を覆い尽くす。そういう表現も使った。

 それほど世界経済は微妙な状態でバランスを保っているのか。いや、バランスなど保たれてはいない。すでに崩れかけている。だから、アメリカも慌てているのだ。

 あの森嶋真という国交省のキャリアはなんだ。ハーバード時代の友人と紹介されたが、あの日本語はひどかった。いくら極秘の訪日とはいえ、もっとまともな通訳を連れてくるべきだ。