これ以上、不安材料を投げかけることは、本当に世界大恐慌を引き起こす原因になる可能性がある。

 だが現状は、世界のことまで考えていられるか、というのが本音だ。

 日本のこと、いや国会対策で頭はいっぱいだ。年金、医療、雇用問題……。下手をすると総理就任半年を待たずして退陣ということにもなりかねない。野党はわずかな失態にも目を光らせている。米粒ほどのミスも、マスコミを煽って騒ぎ立てるだろう。ここはじっと耐えるほかない。

「来週には国務長官の訪日があります。その折、このレポートに対する何らかの回答をしなければなりません。そのために、この時期にわざわざ特使を送ってきたのでしょう」

 官房長官の言葉に総理は考え込んでいる。

「国内問題だけで手一杯の時期に、どうしろと言うんだ。明らかに内政干渉だ」

「だからこそ、こういう手法を取ったのです。アメリカの最大限の譲歩と理解して間違いないと思います。日本自らが、国際社会が抱く懸念に対して解答を出してほしいと」

「解答などあるのか。相手は自然だぞ。いくら準備をしていても裏切られることはある」

 東日本大震災がそうだった。東北の人たちは地震、津波には昔から大きな被害を受けていた。そのための準備をし、心構えもできていた。それにも関わらず大きな被害が出た。政府は想定外で片付けたが、次はそうもいかないだろう。

 総理は深く息を吐いた。

「たしか、東日本大震災前の宮城県沖地震の発生確率が99パーセントだったな」

「そうです。周辺住人は十分に危機感を持っていました。それにも関わらず、あのような未曾有の被害を出してしまいました」

 死者行方不明者約1万9000人、避難者約33万人、崩壊家屋約12万棟、浸水家屋は約22万棟におよぶ。戦後最大の災害に違いない。

 その復興にやっと取りかかったというときだ。この時期に、さらなる不安材料を提供することは経済を自ら破壊するに等しい。

「しばらく伏せておくことにしよう。ただし、情報だけは常に私に回してくれ」

 総理はそう言って立ち上がった。

 その瞬間、身体が揺れた。突然背後から突き飛ばされたような感覚を受けたのだ。秘書が慌ててその身体を支えた。

 閣僚たちも立ち上がり、不安そうな視線を辺りに向けている。

 揺れはすぐに引いていった。

 東日本大震災以来、地震には慣れっこになっている。今の震度は4弱と言うところか。官邸でこの程度の揺れがあるということは、都内の建物はかなり揺れたに違いない。

 総理は軽い息を吐いた。精神に重苦しいものが広がって行く。

(つづく)

※本連載の内容は、すべてフィクションです。

※本連載は、毎週(月)(水)(金)に掲載いたします。