個人プレーの経産省
組織プレーの財務省

 そうした丹呉と、現在、安倍晋三首相の政務秘書官である今井尚哉とをダブらせる人も少なくないだろうが、両者が決定的に異なるのは、官僚としてのスタイルだ。この2人の秘書官としての生き方からも、財務省と経産省とのカラーの違いが見てとれる。

 丹呉は確かに小泉元首相に忠実であったが、それと同じぐらい、否、それ以上に「財務省」に忠実だった。それに対し、今井はあくまで安倍首相に忠実だ。それは、真偽は別として「安倍政権に骨を埋める」と言ったという今井の言葉からもうかがえる。丹呉は財務省に戻って次官まで勤め上げたが、今井は安倍政権の終焉とともに、霞が関を去るだろう。かつての江田憲司(橋本龍太郎政権時の政務秘書官)がそうだったように。

 そんな2人に象徴されるように、霞が関では昔から、「個人プレーの経産省、組織プレーの財務省」と比較されてきた。「俺が、俺が、というタイプは経産官僚に多い」というのが、霞が関官僚の共通認識であることは、もはや言うまでもないだろう。

 そうした経産省の特徴を、如実に表した話がある。

 小泉政権の目玉政策の一つに「構造改革特区」があったのを覚えているだろうか。鴻池祥肇・参議院議員が初代特区担当相に就くなど華々しくスタートしたものだ。

 少し話はそれるが、小泉政権の終焉とともに存在意義を失いかけていた構造改革特区は、第二次安倍政権の発足と同時に「国家戦略特区室」として再始働。加計学園問題の舞台となって、世間の耳目を集めたのは記憶に新しい。

 こうした構造改革特区だが、2003年頃、筆者が取材していた時、「実は、俺が中心人物としてやった」と、打ち明けた経産官僚が5人ほどいたことを、今も強烈に覚えている。そんなにいるわけがないにもかかわらずである。

 一方の財務省は、チームプレーを得意とするだけあって、外に対し「あの政策は俺がやった」とは決して言わない、まさに「沈黙の軍隊」だった。