ピッチャーの投球フォームは、非常に微妙なバランスの上に成り立っていて、少しいじるだけでも、全体が大きく崩れかねない。だから、フォームの欠点が部分的に修正されたとしても、長所まで消し去ってしまう危険性すらあるのだ。生半可なアドバイスによって、彼らの武器まで奪うようなことになっては元も子もない。
僕が若手に自分からアドバイスをしない3つ目の理由は、そもそも僕が「投手コーチ」の立場にあるわけではないからだ。言うまでもなくコーチは教えることが仕事の「プロ」である。僕がその仕事の領域を侵すわけにはいかない。また、前述の理由ともリンクするが、僕のアドバイスが功を奏さなかった場合……もっと言えば、悪いほうに転んでしまった場合、僕にはその責任の取りようがない。
たとえば、先輩社員が後輩に「このやり方でやってみたら?」とアドバイスしたとして、もしその後輩が失敗をすることになっても、先輩にはあとからフォローやカバーをするチャンスはあるのではないだろうか。
しかし、プロ野球の世界では、そんなチャンスはまずない。彼らが試合で打たれてしまっても、同じ投手の僕には打撃でフォローするわけにもいかない。それに、彼らが試合で出した結果は、ダイレクトに彼らの評価に現れ、その後の年俸や選手生命にも影響してくる。
投球フォームという微妙なものにメスを入れるならば、アドバイスをする僕にもそれなりの覚悟が必要だし、アドバイスを受ける側にも同等の覚悟を持ってもらいたい。実際、大学時代に僕がパーソナルトレーナーの土橋とともに、投球フォームの改良に取り組んだ際も、「以前よりも悪くなるか、改良することで怪我するかもしれない。でもよくなるなら……」と最初は覚悟を持って臨んだのを思い出す。
「選手がわかる言葉」に言い換える「通訳」になる
以上3つの理由により、僕は自分から進んで若手にアドバイスすることはしない。しかし、彼らから助言を求められれば、もちろん、自分から伝えられる限りのことは伝えるようにしている。
自主トレでは、僕のコンディションに合わせてパーソナルトレーナーの土橋が全体のメニューをつくってくれているが、その合間に若手から質問が出れば、僕と土橋の2人でそれに答えていくことになる。そのとき僕がもう1つ意識しているのが、「通訳になる」ということである。