上司:すっきりした表紙か。わかった。
私:活字の少ない表紙というのが“売れる雑誌”の常道に反することはわかってます。ですから、2種類の表紙をつくってみてはどうでしょう。半数は、通常どおり見出しを満載したもの、もう半数は写真を大きく大胆に載せ、活字のほとんどないものにするというのはどうでしょう。
上司:活字の少ない表紙か。いい案だね。予算はどれぐらいかかる?
私:かなりかかります。ですが、雑誌の売り上げの増加分でカバーできると思います。
上司:予算は確保していないっていうわけだな。
私:ええ、確保していません。ですが、必ずうまくいくと思います。
上司:もちろん、君はそう思っているだろう。確かにいい案だ。予算編成のときに、この件をもう一度話し合おう。
私:でも、それは9ヵ月も先では……
上司:ほかに議題はあるかね?
結局、私の提案がそれ以上検討されることはなかった。不本意ではあるものの、私はこの上司のことを決して嫌いにはならなかった。自分の主張がことごとく却下されても、私は気分よく彼の部屋を離れたものだ。彼が「譲歩して相手を認める」ということやっていたからだ。譲歩を使えば、あなたの思いどおりの場所に、相手がみずから向かうのだ。
「口論」を「議論」に変える
だが、譲歩のメリットはそれだけではない。譲歩は、いわゆる「歩み寄り」には欠かせない技術である。相手に議論だとわからないような形で、その場から怒りの感情を取り去ることができるのだ。「口論」を「議論」に変えることもできる。
歩み寄るためには、相手の頭のなかに入っていかなければならない。どの論者の考えにも、いいところはある。譲歩や歩み寄りをするのに最も大切なのは、「相手に共感する」ということだ。
会議で、誰かがあなたの意見に異を唱えたときにはこう答えてみよう。「わかった、じゃあちょっと調整してみよう」。そして、まるで、あなたの意見自体はすでにグループの全員に認められているかのように、意見の微調整に議論の焦点を合わせる。これは「譲歩」という手のひとつ。相手の動きを利用して自分が優位に立つという、言葉による「柔術」なのである。
執筆者、編集者、会社役員、コンサルタントとして30年以上にわたり出版業界に携わってきた。『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』が刊行されてからは、講師として世界中を飛び回り、「伝える技術」を教えている。現在はミドルベリー大学教授としてレトリックと演説の授業を担当。NASA、米国国防省、ウォルマート、サウスウエスト航空などでコンサルティングや講演もおこなっている。
訳:多賀谷正子