そのとき、ドアが開き2人の男が入ってきた。
1人は村津だ。もう1人の背の高い50代の男が遠山なのだろう。
全員が慌てて席に戻った。
村津がホワイトボードの前に立ち、全員を見回した。遠山は部屋の端で森嶋たちを見ている。
「おはよう。私は村津だ。諸君は私のことは知っていると思う。省内にまだ残っている首都移転準備室のブログにここ数日、かなりのアクセスがあったそうだ。皮肉なものだな。まだ廃止されていないときはほとんど誰もアクセスなんてしなかったブログだ」
誰もなにも言わない。
「君たち全員が運が悪いと思っているだろう。こんな部署にまわされて。その通りだ。最悪の状況だと思ってほしい」
村津はひとり1人を確認するように視線を向けながらしゃべった。
「私たちは窓際族だ。官僚としての未来は絶たれたと思っているのものが大半だと思う。その通りだ」
村津は背筋を伸ばし、若手官僚たち全員を見回した。
「私はきみたち各自についてはまだ何も知らない。ただ私がグループリーダー就任に際して要求した条件は、各省のもっとも優秀な若手を回してほしいということだ」
誰かが唾を呑み込む音がした。
「だからきみたちは、その条件に答えてほしい。このチームのことはしばらく公にはされない。一度解散した部署が再び設置される。これが漏れるとマスコミが騒ぎだすというのが上層部の見解だ。無駄の最たるものだからな」
さて、と言って村津は顔を挙げた。表情が変わっている。
「とは言っても、君たちの心中は揺れ動いているだろう。各自、省庁で築き上げてきた実績がパアになるかもしれないんだからな。君たちにチャンスをやろう。もし抜けたいと思うものは、明日、来る必要はない。抜けたからと言って、今後の君たちのキャリアに傷がつかないことを約束する。ただし、一度参加したら途中で抜けることは許されない」
村津はゆっくりと部屋中を見回していった。
「ここに、このプロジェクトが立ち上がる理由になった2つのレポートがある。今日1日かけてじっくり読んで、考えてほしい。自分が参加するか、抜けるか。なにか質問はあるかね」
「経歴に傷がつかないって、保証はありますか」
最前列中央から声が上がった。千葉だ。
「そう長くない将来、日本がガタガタになるからだ。存続自体が危うくなるかもしれない。そうなれば、キャリアであろうとなかろうと関係なくなる」
小さなざわめきが起こった。
森嶋も優美子と顔を見合わせた。村津がこれほど過激なことを言うとは、思いも寄らなかったのだ。
「即答は難しいと思う。今日1日、ゆっくり考えてくれ」
村津が遠山に目配せすると、遠山がテーブルに置いてあった箱からファイルの束を取り出した。
「各自に回してくれ。このチームが作られることになった2つのレポートと、前の首都移転準備室の資料だ。きみたちは今日1日かけて読み込むんだ。そして、このチームに残ると決めた者だけが明日の朝、集まってくれ。その他の者は元の部署に戻れ。その時点で内辞は取り消される。これは上の者も了承済みだ」
全省庁の上の者というと、総理大臣のことだ。
「他に質問があれば言ってくれ。ただし質問は今だけだ。以後は一切受け付けない」
