国交省を出た森嶋は、帰宅途中に黒いスーツを着た数人の男たちに囲まれ、車に押し込められる。連れて行かれたホテルの一室にはハドソン国務長官とロバートが待っていた。
2人はレポートに対する日本政府の対応の甘さについて森嶋に苦言を呈するが、森嶋は「他国の干渉は受けたくない」と言ってホテルを後にする。
自宅マンションに戻った森嶋は、一睡もせずにあるレポートをまとめる。
翌日オフィスに行った森嶋は、局長の矢島にそのレポートを手渡した。それは、アメリカが求める日本発世界恐慌を回避するための森嶋なりの回答案で、首都移転の提案書だった。
その日の午後、森嶋は渡辺国交省大臣と岡部官房長官に呼ばれた。森嶋の提案に対して、大臣は「準備だけは始めておくように」と森嶋に告げる。
首都移転について能田総理、岡部官房長官、渡辺国交大臣、木村財務大臣の4人が協議した結果、総理は以前に国交省内に存在した首都機能移転準備室の再開を決定する。
翌日、矢島に呼ばれた森嶋は、首都移転チームが新たに発足し、そこに自分が異動になることを聞かされる。チームリーダーには、以前の首都機能移転準備室長だった村津真一郎を予定しているという。森嶋は、今では早期退職して長野で隠遁生活をおくる村津を訪ねるよう、矢島に命令される。村津宅を訪れた森嶋は、2冊のファイルを手渡し、これまでの経緯を説明する。2冊のファイルを見ながら考え込む村津。そこへ娘の早苗が戻って来た。東京へ行くための車の準備が出来たと告げに来たのだ。
第1章
9
部屋の中には20人あまりの男女がいた。
全員が30代前後だ。そのうちの半数がキャリアだということだ。森嶋と同期の者も何人かいた。
部屋の中にはどこか気の抜けたビールのような空気が漂っている。
国土交通省の一角に設けられた「首都移転チーム」の初顔合わせの日だった。
「なぜ、あなたがここにいるのよ」
優美子が小声で聞いた。
今朝、この部屋に入ると最後部の窓際の席に優美子が座って、ぼんやり外を眺めていたのだ。森嶋は優美子の隣に座った。
「俺のほうが聞きたいよ。なぜ、きみがここにいる」
「女性初の財務次官を望まなくなったからでしょ」
優美子は森嶋を見てホッとした表情を見せた。優美子の性格からして、新設部署、それも財務省を出て他省にまわされるなど考えられなかったことなのだ、それも山の物とも海の物とも分からないチームだ。
「あなたが島流しにあうのは当然よ。この荒唐無稽な計画の発案者なんでしょ。きっとここの96.5パーセントの者があなたを憎んでるわよ」
優美子が声をひそめて言った。
「俺以外の全員か。俺を入れると100パーセントだ」
森嶋は配られたメンバー表に目を走らせた。
総員22名。グループリーダーは村津だ。サブリーダーは財務省から派遣された遠山勇次。彼はノンキャリのはずだ。
同期の総務省の男が寄って来た。千葉正夫という名だったはずだ。
「各省庁から出向してきてる。まずは2年間のプロジェクトチーム。その間に首都移転計画をまとめ上げる。どうせ政治家の気まぐれで、1年ほどで解散になるから骨休めと思って我慢してくれと上司には言われた」
「俺はアメリカ留学後、初めての……」
あとの言葉が続かない。
「グループリーダーの村津という男を知ってるか。彼は負け犬だ。派閥抗争に敗れ、10年ほど前に首都移転準備室なんてよく分からない部署に回された。そのあげく退職に追い込まれたって話だ」
「入省当時は次官候補って言われてたんだろ。それが窓際に追いやられて退職か。俺たちも同じ道をたどるのかな」
「俺は絶対にイヤだね。こんなところは3日でおさらばだ」
森嶋のまわりに寄ってきた者たちが口々に言った。
しかし、言っている本人もムリだということは承知しているはずだ。すでに、内示は下りているのだ。