森嶋はベッドから起き上がると、携帯電話を手に取った。
しばらく眺めていたが思い切ってボタンを押した。
優美子も就寝時には携帯電話を枕元に置いているはずだ。
3度目の呼び出し音で通話ボタンが押された。
「俺だけど、こんな時間に申し訳ない」
〈こんな時間に電話してくるだけの話なんでしょうね〉
沈黙に向かって呼びかけると、半分眠っている声が聞こえてくる。
「インターナショナル・リンクが近いうちに日本と日本国債の評価を引き下げる」
〈それだけ〉
思った通りの返事が返ってくる。多少なりとも日本経済に関わっている者にとっては周知の事実なのだ。
「2段階、一気に引き下げられる」
〈確かな情報なの〉
ベッドから起き上がる気配がして、声の調子が変わった。
「ロバートから電話があった。インターナショナル・リンクの幹部から直接聞いたと言っていた。ただし、自分の名は出さないでほしいということだ」
〈だったら、誰が信じるというのよ〉
「日本政府としては、なにか手を打つのか。財務省の管轄だろう」
〈分からないわ。私には荷が重すぎる〉
数秒、沈黙が続いた。どうすべきか考えているのだろう。放ってはおけない情報だ。
〈朝いちばんに上司に言ってみる。財務省の方よ。でも、彼だって持てあます情報だと思う。それに、信じてくれるかどうか分からない〉
森嶋もそう思った。思いつくかぎりの顔を思い浮かべた。誰もこういう事態は経験したことがないのだ。
〈アメリカだったらどうするの。自国と自国の国債の評価が下げられる場合〉
「本当に押さえたかったら圧力をかけるしかないだろう。あらゆる手段を使って、または、交換条件を持ちかける」
〈たとえば〉
「特定の機関を使って、トップに発表を遅らせるよう打診する。その間に何らかの手を打つ」