金融庁の建前には無理がある

 これまでスルガ銀行は、金融行政から見て経営的には優等生だった。

 彼らは、保守的な地銀業界にあっては珍しく、ビジネスにネットを広範に活用したし、利幅の大きな個人向けのビジネスに注力した。

 スルガ銀行の経営戦略は、部分的には正しかったように思う。しかし、シェアハウスやアパート物件に無理なローンを貸し込んだり、個人の弱みに付け込むあざといカードローンビジネスを拡大したりといった、望ましくない面もあった。

 金融庁は、わが国の銀行業界に対して、保守的な担保主義に偏って融資に消極的になる「日本的金融排除」があると批判し、有望なビジネスを見極め、あるいは育てるような社会的な意義のある融資に積極的になることを求めてきた。後者は、いわばドラマ『半沢直樹』で描かれた「いい銀行員」の世界だ。

 しかし、地銀、メガバンクの別を問わず、銀行員は、過去からずっと「半沢直樹のように仕事をしたい」「自分が関わる融資先を育てる喜びを持ちたい」と思ってきたはずなのだ。

 しかし、現実にはそれが難しい。一つには、銀行員であってもなくても、ビジネスの将来を見極めることが難しいという「能力の限界」だし、やみくもに貸しても将来有望なビジネスが多数あって儲かるというほど経済環境がよくない「機会の限界」の問題でもある。

 つまり、銀行が理想的な『半沢直樹』になることは、土台無理なのだという厳しい現実を、行政も、何よりも銀行の経営者が知らねばならない。