そのとき、異常な衝撃を感じた。なにかに突き上げられたような振動だ。
一瞬の静寂の後、店内はざわめきで満ちた。
「地震だ。大きいぞ」
隣の席の男が立ち上がり辺りを見回している。
男の身体が大きく揺れ、テーブルをつかもうとしたがそのまま床に倒れた。テーブルが音を立てて動いている。揺れはまだ続いている。
「なにかにつかまるんだ」
森嶋は優美子の身体を支え、窓から離れて壁際に移動した。
「地震だ。マグニチュード6。東京の震度は6弱だ。かなりでかいぞ」
携帯電話を片手に持ったウエイタ―が叫んでいる。
30秒ほど続いた揺れは引いていった。
「気をつけろ。まだ余震がくるぞ。この建物は震度7でも大丈夫なんだ。耐震補強は出来ている。皆さんも落ち着いて行動してください」
奥から出てきた店長らしき人が、客と従業員に向かって怒鳴っている。
森嶋は壁際に身体を付け、優美子の腕をつかんで引き寄せた。
レジの前にウエイトレスがうずくまっている。
そのとき、電気が消えた。闇の中にいくつかの悲鳴が上がった。
「危ない、動くな」
「押すなよ、座ってろ」
声が飛び交い、人のぶつかる気配や、食器やグラスが床に落ちて割れる音がする。森嶋の腕を握る優美子の手に力が入った。
〈地震です。落ち着いて行動してください。このビルは安全です。揺れが収まりましたら、速やかに外に避難してください。エレベーターは停まっています。非常階段を利用してください〉
店内放送が聞こえ始めた。
明かりがついた。非常用電源が働き始めたのだ。
「すぐ外に出ましょ」
「出ないほうがいい。この辺りの高層ビルは、耐震設計が出来ている。直下型地震だからもう大きな揺れはこないし、長周期地震動も起こらない。放送でも言ってたろ。エレベーターは停まっているから階段を下りるしかない。ここは23階だ」
森嶋は高脇の論文を必死で思い出そうとしていた。こんなことなら、もっと真剣に読んでおくべきだった。
ドアに向かって人が殺到している。
再び強い揺れが襲った。悲鳴が上がり、ガラスの割れる音がする。テーブルからビールやワインの瓶が落ち、皿やグラスが床で割れる音だ。
天井のランプが躍るように揺れている。
「もう大きな揺れはこないんじゃなかったの」
「かなりでかいな。余震だか本震だか分からないが、早く外に出よう」
森嶋は優美子の身体を支えて立たせると、ドアに向かって進んだ。