第1章
14
ロータリーで車を降りたときから、高脇の身体は気の毒なほど小刻みに震えていた。
高校時代から、緊張すると身体的に過剰反応を示すところがあった。体育祭での女子学生とのフォークダンスのときもそうだった。高脇に取って、総理も女子学生と同じなのか。
「大丈夫か」
森嶋が小声で聞ていも、唇をかみしめ正面を睨んだまま答えようとしない。
総理執務室には能田総理、官房長官、国交省大臣、財務大臣の四人、そして総理秘書官がいた。
「高脇先生ですか。論文は拝読させていただきました。首都東京の抱える問題を改めて考えさせられる、きわめて重要なものと位置づけました」
総理は青ざめ強ばった表情の高脇をいたわるように柔らかな口調で言った。
しかしソファーに腰を下ろし、総理と対峙したとたん高脇の震えは止まった。高脇はカバンから出した分厚いファイルを膝の上に置いた。
「新しい計算結果があります。これによると──」
「お預かりしておきます。政府の方からまた改めて専門家を派遣して、お話を伺いたいと思っております」
秘書官が高脇の言葉をさえぎり、ファイルを取ると総理のデスクに置いた。
「先生に改めてお願いがあります。この論文は、しばらく発表を控えてもらうわけにはいかないでしょうか」
高脇はえっという顔で総理を見つめている。
「出来るだけ早く公表して国民に注意を促すことが、私たち地震を研究する科学者の使命と考えておりますが」
「しかし、それによる国民の動揺は図り知れません。政府も突然のことなので対応処置を取りかねております。政府の準備が整うまでのしばらくの間、発表を
控えるよう切に望みます。その見返りと言っては失礼ですが、先生にはしかるべき処遇を取らせていただきます」
総理は高脇に向かって深々と頭を下げた。