階段は人で溢れていた。2人は人波に押されながら階段を下りた。途中何度か余震があったが、さほど大きなものではなかった。
30分以上かかって1階にたどり着き、外に出た。
外は停電にも関わらず意外と明るい。この辺りのほとんどのビルは自家発電装置を持っているのだ。
道路は車道にまで人が溢れていた。近くのビルから飛び出してきた人たちだ。
額を押さえた手の指の間から血を流して、座り込んで泣いている若い女性がいる。横に大人の身体の倍ほどあるネオンの箱が転がっていた。壁から外れて落ちた箱が女性の頭をかすったのだ。
森嶋は女性の額から手を外して傷を見た。3センチばかり切れているが、さほど深くない綺麗な傷だ。
「ハンカチで押さえて、出来るだけ早く医者に診せるんだ。きみはラッキーだった」
森嶋は横に落ちているネオンの箱を指差して言った。
女性の泣き声はさらに大きくなった。半分砕け散っている巨大なネオンの箱を見て、さらに恐怖が増したのだ。
優美子が携帯電話のボタンを押しながら歩き始めた。
「どこに行くんだ」
「役所に戻るのよ」
「これじゃ電車もバスも止まってるぞ。タクシーだってつかまらない」
道路の端にはガードレールや信号機にぶつかっている車が数台見えた。しかし大部分の車は路肩によって止まっている。
「足があるでしょ。学生時代に歩いたことがあるの。新宿から霞が関まで1時間程度よ」
「夜だしこの状況だ。電車が動くまで、どこかで待つほうがいい」
「あなたはそうしなさい。私は歩くから」
森嶋は携帯電話に地図を呼び出した。
確かに霞が関までは5、6キロで1時間余りで行ける距離だ。
森嶋はあたりを見回した。道路には、落下した窓ガラスの破片や看板、はがれた壁のタイルやコンクリート片が散乱している。その中に数百、数千の人が行き場を失って茫然と立ってたり、座り込んでいる。都心全体では数百万人の数だ。
近くで救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえている。かなり近くまで来たと思ったら、遠ざかっていった。
「新宿通りを通って四谷に出て永田町から霞が関に向かうか、麹町に出て皇居に沿っていくか」
「そのときの状況で決めればいいわ。とにかく新宿駅の東口までいって、四谷に出ましょ」
優美子は携帯電話を耳につけて歩いている。
「携帯電話がつながらない。両親と連絡を取りたいんだけど」
「電話が集中して通信会社が規制をかけてるんだ。伝言ダイヤルかメールにしろ。それより、被害状況を調べろ。携帯電話で分かるんだろ」
森嶋の言葉で優美子は慌ててボタンを押している。