【前回までのあらすじ】
森嶋は議員会館で植田に会った。植田はユニバーサル・ファンドを率いるジョン・ハンターたちが帝都ホテルの部屋を2ヵ月間借り上げていると森嶋に教える。次の日、ロバートが森嶋に電話をかけてきた。ロバートは米国の格付け会社のインターナショナル・リンクが動き出し、日本と日本国債を2段階一気に下げるつもりだとリークする。
森嶋は理沙に電話をかけ、何か対応策がないか質問するが、理沙は「なんとかしてあげると」言って電話を切った。
森嶋は、その日の昼休みに植田と待ち合わせた。植田はアメリカの格付け会社が日本と日本国債を2段階格下げするだろうと告げる。
翌朝、森嶋が新聞を買うと、そこには野田理沙の総理への単独インタビュー記事が載っていた。総理が「首都移転」を検討しているという内容だった。
その夜、森嶋がマンションに帰ると高脇から電話がかかってきた。能田総理が高脇との面会を求めてきたという。高脇は翌日、森嶋に総理官邸へ同行してくれるよう懇願する。
翌日、森嶋と高脇が総理執務室に入ると、総理、官房長官、国交省大臣、財務大臣、秘書官の5人が待っていた。秘書官は高脇に論文の発表を控えるよう依頼する。気落ちする高脇。森嶋は好きにすればいいとアドバイスする。
その夜、森嶋がマンションに帰る途中、携帯電話が鳴った。高脇からだった。少し前に大学から電話があり、高脇の教授昇格が決まったという。それは高脇を口止めするための工作だった。

 

 

第2章

1 

 仕事の後、森嶋と優美子は連れ立って新宿に出た。

 首都移転チームに移ってから続いている定時の帰宅に、2人とも慣れていなかった。部屋に帰っても資料を前に考え込むしかなかったのだ。

 この日は森嶋が優美子に誘われたのだった。

 街をしばらく歩いた後、西口の高層ビルにあるイタリア・レストランに入った。

 天井の高いアンティーク風の造りで、若い女性が好みそうな店だ。

 午後7時。店の7割が埋まっていた。客の半数は女性同士、残りが若いカップルだった。

 窓からは色とりどりの光に埋まった新宿の夜の光景が見える。

「きみがこういう店を知ってるとはね」

「どういう意味よ」

「時間があれば、パソコンと書類にしがみついているのかと思ってた」

「入省当時はね。でも最近は、なんだか屋根に上がって梯子を外された気分だったの。これは内緒だけど、新しいチームの話があったとき、ちょっとだけホッとした」

「屋根から下りられなかったら、のんびり景色でも眺めてればいいんだ」

「そうすることに決めた。星空を眺めてその先にあるものを探してる」

「今に屋根から飛び降りて、走り出さなきゃならなくなる。それまでの充電期間だと思えばいいさ」

「本気でそう思ってるの。もう1週間になるわ。定時に登庁して資料を渡され、それを読む。定時になったら退庁する。その繰り返し。千葉君がやめてしまうの分かるわよ。これが後3日続くと半分がいなくなる。ひょっとして、村津さんはそれを狙ってるの。まさかね」

「そんなに意地悪じゃないと思う。あの人は何かを準備してるんじゃないかな」

 なにげなく出た言葉だったが、思わぬ真実をいい当てたような気がした。

 「俺たちは白紙の状態でチームに入ったけど、村津さんは10年も首都移転に関わって調査してたんだ。俺たちとはスタート地点がまったく違ってる。とにかく早く追いつかせたい、追いついてもらいたいんじゃないか」

「何の準備よ。それくらい教えてくれてもいいんじゃない。1年か2年か知らないけど、当分の間同じチームで、彼はリーダーなんだから」

「時期が来れば話してくれるさ。それまでは学生時代に戻った気分で、言われたことをやってればいいんだ」

「あなたがそんなに楽天的だとは思ってもみなかったわ。それとも、私たちが知らないことを知ってるのかしら」

 優美子が森嶋を見つめている。森嶋は思わず視線を外した。