すると三輪氏側は6月13日、これまでの一般薬連事務所(東京・日本橋)を南約600メートルのビルに移したと発表。また、柴田氏側が主張する理事会には手続き上の不備があり、自らが正当な会長のままであるという立場をとった。

 トップを名乗るのが2人、事務所も2カ所となったのだ。南北朝時代に例えれば、さしずめ柴田氏が京都の光明天皇(北朝)、三輪氏が吉野に遷幸した後醍醐天皇(南朝)といったところだろう。

 ある業界関係者は「協調重視の一般薬連で三輪氏がトップダウン型で振る舞い、理事会構成員の不満が募っていたのではないか」と分析する。業界内では、経営トップとしてライバル関係にある三輪氏と上原氏が不仲でそれが影響したのではないかという見方もあり、話は穏やかではない。

 三輪氏側は5月29日の「理事会」は不当であるとし、6月21日に「理事会」を開き、「次期会長」を三輪氏と決めた。

 ただ、「21日理事会」の出席理事は、三輪氏と興和役員の2人のみで、従来の一般薬連の会則に従えば不成立である。三輪氏側は「信頼関係が失われており、他の31人の理事は辞任した」とみなして、理事会の成立を主張した。

 三輪氏は21日の会見で「相手側のグループが開いたのは理事会ではない。一般薬連が二つあると(記事で)書くこと自体おかしい」と話した。

「業界の恥」と厳しい声

 この問題と距離を置く業界関係者たちは「内輪揉めが起こること自体が業界の恥。真の会長が決まれば、厚生労働省などステークホルダーへのお詫び行脚の日々だろう」と、うんざりしている。

 南北朝時代は両者が正当性を主張して約60年続き、南朝の天皇が北朝の天皇に譲位する形で終結したとされる。

 現代の“南北朝時代”の終わりは今のところ見えていない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 土本匡孝)