「愛される体験」が生きる力を与える

自然や芸術、愛を体験することで、人生に意味は満ちてくる松山 淳(まつやま・じゅん)
企業研修講師/心理カウンセラー 産業能率大学(経営学部/情報マネジメント学部)兼任講師
2002年アースシップ・コンサルティング設立。2003年メルマガ「リーダーへ贈る108通の手紙」が好評を博す。読者数は4000名を越える。これまで、15年にわたりビジネスパーソン等の個別相談を受け、その悩みに答えている。2010年心理学者ユングの性格類型論をベースに開発された国際的性格検査MBTI®の資格取得。2011年東日本大震災を契機に、『夜と霧』の著者として有名な心理学者のV・E・フランクルに傾倒し、「フランクル心理学」への造詣を深める。ユング、フランクル心理学の知見を活動に取り入れる。経営者、中間管理職など、リーダー層を対象にした個別相談、企業研修、講演など幅広く活動。

 深夜、午前三時のことです。ある女性がフランクルに電話をかけてきました。自殺する決意をしたといいます。

 フランクルは彼女と話しあい、自殺をやめるように説得し、翌朝、自分に会いにくる約束をとりつけます。そして現れた女性は、フランクルに言いました。

 「先生、もし先生が夜おっしゃった議論のひとつでも、私に何らかの効果を与えたと思われるなら、それは誤解というものです。もし、私が感銘をうけたとすれば、それはただひとつ、寝ているところをたたき起こした私に、怒って怒鳴りつけるどころか、しっかり三十分も辛抱強く話しを聞いて、説得してくれたひとがいるということです。そんなことがあるのなら、もしかしたら本当に人生に、生きつづけることに、もう一度チャンスを与えてもいいじゃないかと思ったのです」※3

 フランクルは自分の仕事に命をかける「愛」にあふれる人でした。抑うつ状態にある若者を支援する無料の相談所を設立し、東西奔走する「人間愛」に満ちた医師でした。彼女はその「愛」を体験したのです。そして自分の人生に対する信頼を取り戻し「生きる力」を回復させたのです。

 自殺を決意するということは、自分の生きるこの世界に絶望したからであり、それは「愛される」ことから遠く離れた「生きがい」のない人生だったのではないでしょうか。

 しかし、彼女にとってフランクルと言葉を交わした30分は、生涯、彼女の記憶に残る「愛される時間」となりました。だから彼女は、自らに生きるチャンスを与えることができたのです。

「愛」といえば、もちろん人を好きになる恋愛感情も「愛」です。

 ですが、そればかりでなく、親が子を愛したり、上司が部下を育てようとしたりする「人間愛」があります。人間愛は言葉を超越し、他者の心を潤し癒します。そして時に、命すら救うことがあるのです。

 このエピソードはフランクル自身にとっても大きな意味のある体験であり、彼の立場からすると「人を愛した」体験といえます。「人を愛する」「人から愛される」体験を通して、人生は意味で満たされ「生きがい」を感じられるようになるのです。