「政府の対応が問題になるぜ。地震後直ちに官邸に危機管理室が設置されたが、2時間以内に駆け付けることができた閣僚は7人だけだったらしい。渋滞で立ち往生した車に閉じ込められたり、止まった新幹線で一夜をすごした閣僚もいたそうだ」
千葉が誰にともなく言った。
「閣僚の中には、霞が関近辺に住むよう義務付けられている者もいるんじゃないですか。そのための議員宿舎だ」
「365日、24時間、神経を張り詰めて生活しろというのもムリな話だ。俺は議員なんかになりたくないね」
「そんな議員なんかいやしないよ。いたらこんな国にはなってない」
「とにかく、この地震で東京の弱点が浮き彫りになったわけだ。このマヒ状態は数日続くぞ。完全復旧には1週間以上必要だ。政治はもちろん、経済にも大きな混乱が起きるだろう。企業の中には一時的ではあるが、本社機能を関西に移す決定をしたところもあるらしい」
「しかしこれで今後何百年か、東京は安心じゃないんですか。地下に溜まっていた膨大なエネルギーが放出されたわけだから」
たしかにその通りなのだが、テレビ映像を見る限り安心などという言葉からは程遠い。これは部屋中の者全員が感じているらしく、何の賛同の声も上がらない。
夕方になって一部の地下鉄が運転を始めたと、テレビで告げ始めた。
森嶋は庁舎を出て地下鉄の駅に向かって歩いた。
24時間の騒ぎが夢のようだった。
首都移転チームの室内には、村津と遠山のほかに中野から自転車で来た男を含めて10人ほどが集まっていた。
何度か各省庁の緊急対策本部から応援要請が来たが、村津は首都移転チームにも緊急の役割があるとすべて断った。
「この状況をよく見て、把握しておくんだ。都市の脆弱性、首都の役割が改めて浮き彫りになった。すべてがきみたちの、これからの仕事に必要になる」
たしかにその通りだろうが、室内の誰もがこの混乱の中で部屋に閉じこもっていることには苦痛を感じていた。しかし村津の落ち着いた表情と行動からして、何か新しい事態が待っていることは確かなようだった。
そして夕方になり、一部の地下鉄が動き始めたという情報が入った。
「私たちが今ここにいても出来ることはない。明日の定時には全員が集まる。帰宅できる者は帰って、休んでおけ。そして明日の午前8時には遅れるな。明日からは当分帰れないかもしれないぞ」
村津は全員に向かって言った。
この状況をよく見ておけとか、ここにいても出来ることがないとか、矛盾している。しかし、どういうことか聞き返す気力も残っていない。
ほとんど全員が立ち上がって帰り仕度を始めた。
庁舎の外に出ると、昨夜はあれほどいた機動隊の姿はちらほら見えるだけだ。通りはすでに片付けられ、一見普段通りの営みが行なわれているように見えた。
地下鉄の駅はテレビで見た混乱はすでにない。しかしまだ、電車にはかなりの運休と遅れがあった。
(つづく)
※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※本連載は、毎週(月)(水)(金)に掲載いたします。