サッカーや野球のビデオ判定が導入され始めているが、厳密に事実を見極めることを追求しすぎると、試合の持つ本来の目的がむしろ損なわれる。実は、ビジネス活動においても同様に、パーツを注視するあまり、本末転倒な事態が起きてしまうことがよくある。(モチベーションファクター代表取締役 山口 博)

ビデオ判定導入で
選手と観客が被るデメリット

重箱の隅をつつくような会議は生産的ではありません
ある程度のあいまいさをあえて残す方が、メンバーの心は一つにまとまる。「パーツごとの課題解決」をやりすぎることには、実は大きな弊害があるのだ Photo:PIXTA

 サッカーのビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)、メジャーリーグベースボールのチャレンジ制度、日本プロ野球のリクエスト制度と、数年来、ビデオ判定が次々と導入されている。サッカーワールドカップロシア大会で、ブラジル代表ネイマールが反則された「フリ」をしたことが明るみに出たり、ホームランかファールかのポール際の判定が明確になったりするなど、ビデオ判定には、確かに効果もある。

 一方で、デメリットもある。疑わしいケースのたびに審判はビデオ映像を確認するので、相当な時間、試合が中断される。

 サッカーでは、ゴール判定や警告が必要か否かなど、試合の行方を左右するような重要な場面でのみ用いることにしていたり、プロ野球ではビデオ判定をリクエストする回数を1試合に2回に制限していたり、審判は5分以内に確認しなければならないというルールを定めているが、従来以上に試合の流れを断ち切る状態になってしまうことには変わりない。選手たちの行動を停止させ、観客の興奮にも水を差してしまっているように思えてならない。

 ビデオ判定を支持する意見としては、「訓練された審判といえども、人間の能力には限界があるので、公平性を損なうおそれがある。それをITで補う」というものがある。一方で、ビデオ判定に反対する意見としては「判定は人間がするもので、人間の能力に限界があることも含めて、競技なのだ」というものがある。私は、後者の意見に同感だ。

 どちらか一方のチームに肩入れする八百長審判は論外だが、公平に審判しようという意識を持ち、プロの審判としての訓練を受けた人であれば、能力に限界がある人間であっても、それなりに納得性のある審判になるのではないだろうか。

 もちろん、人間には個性があるから、甘い審判もいれば、厳格な審判もいる。しかし、1試合の全てを同じ審判が担当するのだから、甘いなら甘いなりに、辛いなら辛いなりに、試合全体を通じてみれば、公平性が実現できていると思うのだ。