トム・クラインズ 著
(早川書房/2500円)
最初に言うと、書評の枠を逸脱するかもしれないが、評者は本書が描く天才、テイラー・ウィルソン君を間近で見たことがある。今年4月、日本原子力産業協会(旧原産会議)が開いたイベントにゲストとして来日し、基調講演を行ったときだ。
1994年生まれでフィギュアスケートの羽生結弦選手と同じ23歳。体形も金メダリストと同様に細い。ところが、壇上の若者は、まるであのスティーブ・ジョブズ氏のように会場を支配してみせた。
演題は、本書の原題名と同じ「核融合で遊んだ少年」だった。パワーポイントを駆使しつつ、14歳のときに核融合炉を造ったことを紹介した。そんなばかなと思った読者は正常である。だが、自分がベンチャーキャピタリストだったら即座に白紙小切手を差し出すだろうなと感じたものだ。この少年は、すでに著名な投資家のピーター・ティール氏から資金を得たということを、後から知った。
本書は、ウィルソン君の成長の軌跡をサイエンスライターが描いたものである。米アーカンソー州で生まれた科学が大好きな少年は、理解のある両親の下で育つ。9歳でロケットを造り、家のガレージで放射性物質の収集を始めた。11歳のときに大好きだった祖母を失い、それが世の中のためになる発明や発見を志す契機となった。
さすが米国、こんなギフテッド(才能に恵まれた)な子どもの能力を伸ばす土壌があるのか、と思ったら、そう簡単ではなかった。かつては対ソ冷戦を勝ち抜くために天才教育が盛んだった。それが90年代以降は、反エリート主義の波にのまれてしまう。どこの国でも、神童は凡人になりがちなのだ。
その点、ウィルソン君は幸運であった。才能のある子どもを専門に教育するアカデミーへ進学し、そこで多くの指導者や支援者に出会う。周囲を味方に付け、本当に核融合炉を造ってしまったのだ。しかも格安で! ホワイトハウスに招かれた際には、オバマ前米大統領と意気投合し、「われわれが君を雇っていないのはどうしてだろうね?」との言葉を掛けられた。
天才少年が目指すのは応用核物理学だ。理論家ではない。「アインシュタインと一緒にいたら、退屈するだろうな」などと言う。彼は手を動かして、世の中を良い方向に変えることが目的なのである。
評者は原産協会のランチ会場で、ウィルソン君に話し掛ける機会があった。「日本は初めて?」と尋ねると、「うん、これからフクシマに連れていってもらうんだ」と目を輝かせていた。彼は、廃炉作業の現場をどう見たのか。今後の活躍と言動を括目して見守りたい。
(選・評/双日総合研究所チーフエコノミスト 吉崎達彦)