天才は一人で勝手に生まれるのではない

複数の天才が何人も出現
選ばれた都市は?

 天才とは何だろう? 一般的には「とくに創造的活動において発揮される、すぐれた知的才能」と定義されている。『優生学』を打ち立てたフランシス・ゴルトンのように「世界中がその功績に対して大きな恩義を感じるような人物」としたほうがより実際的かもしれない。

『世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで』
エリック・ワイナー(著)、関根光宏(訳)
早川書房
448ページ
2600円(税別)

 ダーウィンのいとこであったゴルトンは「天才とは遺伝の産物」と考えていたが、はたしてそうだろうか。いみじくもそのゴルトン本人が指摘したように、人間は「氏と育ち」からなりたっていることは間違いない。天才の「育ち」、すなわち、創造性を育てる環境を探ってみようというのがこの本『世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで』だ。

 そのためにとられた方法は、世界旅行である。なんやそれは、と思われるかもしれないが、ある時代に複数の天才が何人も出現した都市が厳然と存在する。そういった都市を巡り歩くことによって、天才を生み出した環境をあぶりだそうというのだ。

 選ばれた都市は、アテネ、杭州、フィレンツェ、エディンバラ、カルカッタ(コルカタ)、ウィーン、シリコンバレーだ。それぞれの位置や状況も、天才が生きていた時代もまちまちである。そして、いずれの都市でも、ある時期に天才が出現したのだが、なぜか長くは続かなかった。さて、天才を生み出す、創造性を育むのに適した環境とはどのようなものだったのだろう。そして、その環境の中で天才はどのように育っていったのだろう。

 まずトップバッターはアテネ、ご存じソクラテスやアリストテレスを産んだ古代ギリシャの都市だ。アテネは富に恵まれた世界で初めての国際都市だった。というと、楽園のような環境だったから天才が生まれたのかと思われるかもしれない。しかし、実際には真逆で、当時のアテネは「敵に囲まれ、オリーブオイルにまみれた、小さくて不衛生で、人の密集した街」であった。環境がよすぎると、創造性の必要性が低くなってしまい、むしろ天才が生まれにくいのである。