森嶋は出かかった言葉を呑み込んだ。「ウォーミングアップの次は本番だ」と言おうとしたのだ。
「今回の小さな地震」その高脇の言葉は森嶋の脳裏に刻み込まれている。
しかし、そのことは村津も知っているはずだ。総理とも度々会っていると聞いている。だったらなぜ、他のメンバーに言わないのだ。
「きみたちはこの数日で何を見てきたのだ。この程度の地震で政府機能は麻痺に近い状態だった。日本に起こる災害は地震ばかりではない。この状態で広域災害が起こった場合、収拾がつかなくなる。そうは思わないのか。多少は真剣に取り組む気になったと思ったのだが」
村津は強い言葉と真剣な表情で部屋の中を見回した。
「私にはこのチームを作った政府の真意が未だもって分かりません。今さら新しい首都を造るより、今回の地震を教訓として、さらなる首都東京の防災に励むべきじゃないですか。そのためには――」
村津は手を上げてその声を制した。
「すでにこの一週間で、きみたちの先輩がまとめた報告書は熟読したはずだ。我々は彼らの次のステップに進むこととする」
村津が遠山に合図をすると部屋の照明が落ちた。
正面にスクリーンが降りてきて、パワーポイントの映像が映し出される。
一瞬上がった低いざわめきはすぐに引いていった。
「首都移転プログラム」の文字の背景には、緑の森の中央に町が見える。白亜の建物群と、その間に続く直線の道。機能的で美しく、清潔で近未来を感じる町だ。この町が新しい日本の首都となるものだろうか。
「我々は具体的な首都造りに着手する」
「どこに造るんですか」
声が上がった。
「それは政府が決めることだ。我々は場所が決まれば直ちに作業に入れるように準備をしておく」
「都市造りはコンペで募集して、議会にはかりながら、国民レベルで協議して決めていくんじゃないんですか」
「そうなるだろう。我々は新しい候補地を選定して政府に報告し、その地に首都を造るための基本的な準備をする。まず首都のグランドデザインを決定する。平城京や平安京のような碁盤形か、キャンベラなどのような国会を中心にした放射状か。もっと他の形か。さらに、議会や各省庁の設置、議員やそこで働く人たちのための住居も必要だ。新しい都市の形を決めていく」
しかしと言って、村津は表情を引き締めた。
「今回はその時間もないだろう。すでにいくつかの案は上がっている。世界一安全で機能的で美しい首都を作らなければならない。そして、国民のだれもが誇りを持ち、愛することのできる都市だ」
「いくつかの案があるって、今度の地震と関係あるんですか」
「無関係だ。これはきみたちが読んだレポートに書かれていたことの延長にあるものだ」
「今、我々が見ている映像の都市が、新しい首都なんですか」
「一つの形だが、まだ決まってはいない。君たちが歴史に残る首都を築きあげるんだ。都市というものはただ単に建物があればいいというんじゃない。そこには人が住み、移動し、物資の流れがあり、情報がスムーズに行き交っていなければならない。人がそこで生きるということは、家族が住み、学校、病院、商店、様々な町の要素が集まるということだ。新たに作り上げるものも、東京から移動するものもある。膨大な項目があり、その一つひとつが重要なものだ」
飛び交っていた私語もいつの間にか消えている。
森嶋はそっと優美子を見た。心もち顔を上げ、瞬きもしないでスクリーンを見つめている。
20枚余りの都市モデルを見た後、遠山の指示に従って様々な作業グループが作られた。
首都として必要な機能の洗い出し、建物、交通、インフラなどの建設、整備に関する具体的な事項の決定だ。全員が真剣な表情で遠山の話を聞いている。
森嶋は、やっと部屋中の意思が一つの方向に進みつつあると初めて感じた。
その日の午後、森嶋は村津に呼ばれた。これから人に会うのでついてくるように言われた。