役所を出ると車が待っている。

 車は高層ビル群の間を走った。町は一見なにごともなかったように続いていた。路上に散乱していたガラスやコンクリート、タイル片はすでに片付けられている。

 車は六本木に入り、一棟のインテリジェンスビルの前に止まった。一見華奢なこの建物は、地震の影響は何もなかったかのように建っている。

 村津は慣れた様子でビルの中に入っていく。そしてセキュリティーを通り、エレベーターに乗った。

 長谷川建築設計事務所は37階にあった。村津の娘、早苗が勤めている事務所だ。このビルも長谷川が設計したはずだ。

「ここら周辺の高層ビルは揺れも小さく、被害もほとんどなかったらしい。耐震設計と免震設計のおかげだそうだ。早苗から聞いた」

「被害を受けたのは、昔ながらの家だけということですか」

「それに1981年以前に建てられたものだ」

 1981年に建築基準法が改正され、新たな耐震基準が設けられたのだ。阪神・淡路大震災、東日本大震災のときも、81年以後に建てられたもので大きな被害を受けたものは少ない。

 2人は奥の会議室に通された。

 ドアを入った森嶋は思わず立ち止った。

 部屋の中央に大型テーブルが置かれ、そのまわりに10人以上の男女が座っている。そしてテーブルの中央には、幅1メートル、長さ2メートル以上ある都市の模型が置かれていた。

 森嶋と村津を見ると窓際の男が立ち上がった。

 新聞やテレビ、雑誌で頻繁に見かける顔だ。建築家、長谷川新之助だ。その横に村津の娘、早苗の姿もある。

「じゃあ、終わりにしよう。明日までにもう一度考えてきてくれ」

 長谷川の言葉でテーブルに座っていた男女は出て行った。

 村津に親しそうに話しかけていく者もいるので、彼はよく来ているのだろう。

 残ったのは、長谷川と早苗だ。

 村津が森嶋を長谷川に紹介した。長谷川は白髪混じりの長髪と髭面のよく見る写真通りの男だった。美術館、図書館、公園などの公共の建設物を多く手掛ける世界的な建築家だ。

「あれから変更はありましたか」

 村津は都市模型に目を向けながら聞いた。

「大きくは変わっていません。現在は都市機能の整備に移っています」

「これは新首都の模型ですか」

 森嶋はテーブルの模型の前に立った。

「行政機構の効率に重点を置いた新しい町です」

 長谷川が森嶋の横に来て言った。

 奈良や京都とも違う。強いて言えばキャンベラ型か。

「中央に国会、最高裁判所、その他の行政機関の建物を配置します。その周りには地方の出先機関、そしてさらにその外側がこの町で働く人々の居住区です。道路は放射状に通っています。東京、大阪、名古屋、日本中の大都市とはリニア・モーターカーで結ばれ、3時間以内で行き来できます。国際、国内空港も車で30分以内のところに設置します」

 長谷川は説明した。

 さんざん聞かされてきた、ありふれた首都構想だ。新しさはない。森嶋の本音だった。

(つづく)

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