世界標準の教養として、特に欧米で重要視されているのが「ワイン」である。ビジネスや政治において、ワインは単なる飲み物以上の存在となっているのだ。そこで本連載では、『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』の著者であり、NYクリスティーズでアジア人初のワインスペシャリストとしても活躍した渡辺順子氏に、「教養としてのワイン」の知識を教えてもらう。
イギリスにワイン造りが根付かなかったワケ
フランス、イタリア、スペイン、ドイツなど、ヨーロッパ各国ではワイン造りが盛んにおこなわれています。フランスの隣国イギリスでも、11世紀ごろからワイン造りがおこなわれてきました。しかし、ワイン業界ではその名をほとんど聞かないのが実情です。ワイン消費量は世界トップクラスにもかかわらず、なぜイギリスはワイン造りでヨーロッパの他国に遅れをとったのでしょうか。
その大きな理由としては、環境の悪さがあげられます。イギリスでは古くから王朝が栄え、大帝国が築き上げられましたが、王が食する贅の限りを尽くした自国の宮廷料理は生まれていません。
これは、イギリスが農作物の育つ条件に恵まれていなかったからです。痩せた土地、そして日射量も少ないイギリスで、唯一育つのはジャガイモや穀物だけでした。このような土地は、ぶどうにとっても生育が難しい環境だったのです。また、ぶどう栽培の北限はフランスのシャンパーニュやドイツと言われており、さらに北にあるイギリスでは、どうしてもワイン造りに必要な環境を整えられなかったという事情もありました。
そして、そもそもイギリスは隣国にボルドーワインやシャンパンなどの最高のワインがあり、イギリス王侯貴族たちも、それら世界の一流品を口にして大満足していました。わざわざ痩せた土地で十分に育たないぶどうを育て、ワインをつくる必要などなかったのです。
そのためイギリスは、ワイン生産国としてではなく、ヨーロッパの一大ワイン消費国として、歴史の中でワインの発展に寄与してきました。ヨーロッパ各地のワイン産地にとって、「イギリス国民に見初められる=成功」だったのです。ボルドーをはじめ、現在の世界に名だたるワイン産地の多くは、イギリスに認められることによって銘醸地として名を馳せていったのでした。