世界標準の教養として、特に欧米で重要視されているのが「ワイン」である。ビジネスや政治において、ワインは単なる飲み物以上の存在となっているのだ。そこで本連載では、『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』の著者であり、NYクリスティーズでアジア人初のワインスペシャリストとしても活躍した渡辺順子氏に、「教養としてのワイン」の知識を教えてもらう。今回は、「ロマネ・コンティ」に並ぶ超高級ワインの造り手アンリ・ジャイエについて解説してもらった。

ブルゴーニュ地方の偉大なる造り手
アンリ・ジャイエとは?

 今、最も高額で取引されるブルゴーニュワインの造り手が故アンリ・ジャイエ氏です。フランス・ブルゴーニュ地方で、ロマネ・コンティをつくる「ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ(DRC)」と人気を二分する、偉大なる造り手です。

 アンリのつくった「クロ・パラントゥ(通称クロパラ)」という高級ワインは、ヴォーヌ・ロマネ村の1級畑であるクロ・パラントゥ畑でつくられたものです。ヴィンテージによってはオークションでの落札額が1本200万円を超えることもあります。人気バラエティ番組「マツコの知らない世界」のワイン特集でも紹介され、話題となったワインです。

 1922年にフランスのヴォーヌ・ロマネ村で生まれたアンリは、2006年にその生涯を閉じるまで、そのほとんどの時をピノノワール(ブルゴーニュ発祥のぶどう品種)に捧げた人物でした。ぶどう栽培業の家に生まれたアンリは、戦争に赴いた兄に代わり、16歳でぶどう栽培の仕事を手伝い始めました。さらに、その十数年後の1950年代には、自らワイン醸造に関わり、自身のブランドでワインの生産を始めています。

 長年、ぶどう栽培に携わっていたアンリは、ピノノワールのすべてを知り尽くしており、他の生産者よりも有利な立場でワイン造りを進めていきました。彼は、いち早くサステイナブル栽培(化学的なものを極力抑えた方法)やノンフィルターでのワイン醸造(果皮などの沈殿物の濾過を抑える醸造法)を取り入れるなど、当時では前例のないワイン造りも試みています。これも、ピノノワールを知り尽くしていたからこそできた挑戦だと言えるでしょう。

 ピノノワール本来の味わいを引き出す術を心得ていたアンリは多くの支持者を増やし、2001年に現役を引退するまで数々の伝説的なワインを残しました。ブルゴーニュには彼を師と仰ぐ若手醸造家が多く、アンリ自身もまた若手醸造家の育成に力を注いだことで有名です。しかし、悲しくも2006年に彼は癌によって亡くなってしまいました。現在は、甥のエマニュエル・ルジェと弟子のメオ・カミュゼが後継者となり、アンリの畑を守っています。