世界標準の教養として、特に欧米で重要視されているのが「ワイン」である。ビジネスや政治において、ワインは単なる飲み物以上の存在となっているのだ。そこで本連載では、『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』の著者であり、NYクリスティーズでアジア人初のワインスペシャリストとしても活躍した渡辺順子氏に、「教養としてのワイン」の知識を教えてもらう。
ボルドーワインを世界に知らしめた「メドック格付け」
19世紀中ごろ、ボルドーワインを世界に知らしめた歴史的な出来事がありました。それが「メドック格付け」です。現在、ボルドーでは地区ごとにシャトーを格付けし、その優劣を定めています。つまりメドック格付けとは、メドック地区にあるシャトーの優劣を定めたもので、ここでは赤ワインをつくるシャトーに1~5級の5等級で格付けがなされました。
メドック地区とは、ボルドー市から北に向かって伸びる区域を指し、フランスの中でも高級ワイン生産地にあたります。正確にはメドックとオーメドックという産地に分かれていますが、一般的には両地域を合わせてメドックと呼びます。フランスワインの産地としてよく目にするマルゴー(Margaux)、サン・ジュリアン(St-Julien)、ポイヤック(Pauillac)などのコミューン(村)もこの地域にあるのです。
メドック格付けが定められたのは、1855年に開催されたパリ万国博覧会のことでした。世界中から集まる人々に向けて、皇帝ナポレオン3世がメドック地域で生まれたボルドーワインの格付けをおこなったのです。格付けの判断基準は、ワインの品質はもちろん、当時のシャトーの規模や流通量などをもとに選ばれました。
700から1000シャトーがエントリーされたと言われるなか、見事、最もランクの高い1級に選ばれたのは、「シャトー・ラフィット・ロスチャイルド(ロートシルト)」、「シャトー・マルゴー」、「シャトー・ラトュール」、「シャトー・オー・ブリオン」の4シャトーです。この格付けは150年経った今もほとんど変更なく続いていますが、1973年に大きな変化がありました。2級にランクされていた「シャトー・ムートン・ロスチャイルド(ロートシルト)」が、1級へと昇格したのです。
イギリス系ロスチャイルド家が1853年に買収したムートン・ロスチャイルドは、品質も規模も申し分なく、パリ万博の格付けの際には、必ず1級を取ると言われていました。それにもかかわらず、2級に格付けされてしまったのは、格付け直前にイギリス人の所有になったことが大きな理由だと言われています。
しかし、2級には甘んじていないロスチャイルド家の当時のオーナー、フィリップ男爵は、ぶどうの栽培や醸造方法を徹底的に改善し、政治家への積極的なロビー活動をおこないました。そして、ついに1973年に見事1級に昇格することになったのです。
ムートン・ロスチャイルドを含む、これら5つのシャトーは「ボルドー5大シャトー」と呼ばれています。5大シャトーは、他のシャトーが及ばない歴史と絶対的な品質を備えています。長い歴史の中で、レジェンドと呼ばれる傑作ワインを残したのも5大シャトーの特徴です。1945年のムートンをはじめ、1870年と1953年のラフィット、1900年のマルゴー、1961年のラトュール、1945年と1989年のオー・ブリオン。どれも世界中のコレクターが欲しがる傑作です。