世界標準の教養として、特に欧米で重要視されているのが「ワイン」である。ビジネスや政治において、ワインは単なる飲み物以上の存在となっているのだ。そこで本連載では、『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』の著者であり、NYクリスティーズでアジア人初のワインスペシャリストとしても活躍した渡辺順子氏に、「教養としてのワイン」の知識を教えてもらう。
イギリスに向けられる
ワイン業界の期待のまなざし
イギリスがワイン不毛の地となった理由は、以前の記事でお伝えした通りです。ワイン醸造国としてではなく、ワイン消費国としてヨーロッパのワイン生産を支えてきたイギリスですが、実は最近、温暖化の影響で質の高いワイン造りが可能になってきました。イギリス南部に広がるケント州、サセックス州、ハンプシャー州が新たな生産地として注目を集めているのです。
かつてこのあたりは、海峡になる前の氷河期には、シャンパンで有名なシャンパーニュ地方と地続きでした。そのため、シャンパーニュと同じ白亜質の土壌を持っており、さらには温暖化の影響で気候環境までもが1960年代のシャンパーニュに似てきたのです。シャンパンに近いクオリティーをつくれる産地になり得るとして、近年、大きな期待を集めています。2015年には、フランスの大手シャンパンハウスが高いポテンシャルを秘めたこの地で発泡性ワインの生産を開始しています。
このニュースは2015年のワインニュースのトップに輝いたほどで、多くのメディアが取り上げました。温暖化の影響は喜ばしいことではありませんが、シャンパーニュと同じ白亜質の土壌が見つかったことはワイン業界にとっては嬉しいニュースだったのです。
大手シャンパンハウスがイギリスへの進出に踏み切った背景には、イギリスの大きなマーケットも念頭にありました。シャンパンの輸入国第1位はシャンパン好きで有名なイギリスです。ところがここ最近は、他国のスパークリングワイン(スペインのカヴァやイタリアのプロセッコなど)の質が向上し、イギリスへの輸出を強化してきている現状があります。価格競争で負けてしまうシャンパンは、イギリス国内で生産し、輸入関税を払わずに安くて美味しいスパークリングワインを提供しようと考えたのです。
老舗シャンパンハウスがつくるイギリスの発泡性ワインは早くも注目を集め、今、イギリス南部地方ではワイナリー設立ラッシュが始まっています。