メルカリがリリースされた2013年7月2日。共同創業者の1人が「終わった」と思った理由とは――。『週刊ダイヤモンド』9月22日号の第一特集「新・価格の支配者 メルカリ」の拡大版として、メルカリの幹部たちのインタビューを特別連載でお届けする。2回目はメルカリ3人の共同創業者の1人である富島寛氏に、メルカリ誕生秘話を聞いた。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集部 大矢博之、委嘱記者 村井令二)

メルカリのテスト版リリース初日DL数60件「もう終わったと思った」とみしま・ひろし/1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。在学中、エルテスでベトナムでのオフショア開発事業立ち上げ。卒業後、バンク・オブ・イノベーション創業。2013年2月、コウゾウ(現メルカリ)を設立した3人の共同創業者の1人。

――2013年2月に山田進太郎会長ら3人でコウゾウ(現メルカリ)を創業します。山田会長とはいつ知り合ったのですか。

 最初の出会いは2008年ごろの起業家パーティーでした。僕はゲーム開発会社バンク・オブ・イノベーションを、山田はゲーム開発会社ウノウをやっていた。当時、ウノウのエンジニアが書いていたブログがあって、プログラムをするときに便利でよく参考にしていたんです。パーティーで交換した山田の名刺にウノウと書いてあって、「あ、あのブログの会社か」というのが第一印象でしたね。

 知り合って以降、山田は色々な人を紹介してくれました。当時、僕は動画の検索エンジンを手掛けていたので、グーグルや検索に詳しい人につないでくれたり、勉強会に呼んでくれたりもしました。

 山田は自分の利益にならないようなことでも、色々な人に手を差し伸べる人物です。僕が特別というワケではなく、割と誰にでも気さくに声を掛けていました。その後も友達というか、先輩後輩付き合いというか、たまに飲み会やイベントに呼んでもらってという関係がしばらく続きました。

――創業の経緯を教えてください。