秋山 たとえ、条例そのものに違反していなくても、死者も出ていますし、社会的に許されないと考えるのが自然ですね。

中島 さらに2017年には神戸製鋼の「品質検査のデータ改ざん事件」もありました。神戸製鋼の謝罪の答弁では、「民間同士で定めた契約のスペックからは逸脱していたが、法令には違反していない」という趣旨の弁解をしています。「契約」は本来、人と人、企業と企業との合意なのですから、とても神聖なものです。契約書案をつくることを職業としている私にとっては衝撃のコメントでした。

秋山 神戸製鋼は企業同士の契約に反することは、「法令遵守」でないことに比べれば、罪が軽いという認識を持っているということになりますね。

中島 消費者の安全を守るために、部品メーカー、アセンブリメーカーはそれぞれ、わざわざ法令より高い基準を設けて、きわめて厳粛な気持ちで契約しているはずです。それを踏みにじって平気なのですから、契約が軽く見られすぎていると思います。

 素材メーカーは「自分たちは直接消費者には関わっていない」という認識なのかもしれません。が、問題の部材は電車や自動車に使われ、多くの消費者に与える安全面での影響ははかりしれません。エンドユーザーの安全が軽視されていると感じますね。安全や良識が大事といっても、まだまだ原料メーカーにはその意識に達していないところがあるようです。

秋山 擁護するつもりはないのですが、敢えて現場の論理を想像してみますと、もともと高すぎる基準を設けているために、かえって「少々破っても大丈夫」という慢心というか、気の緩みが出てくるのでしょうね。

 企業同士でこれほどの高い基準は要らないということになったとしても、契約そのものを変えるのは手間もかかって大変ですから、少しぐらい削っていっても大丈夫という、あうんの呼吸が働いて、契約より低いレベルで「特別採用」として“運用する”のは日本的な慣行かもしれません。日本で初めて事故被ばくによる死者を出した「東海村JCO臨界事故」も、元々決められていた基準が高すぎたので、これなら大丈夫だろうと、少しずつ自分たちの判断で基準を緩めていってしまったら大事故が起こってしまったわけでしょう。