超金融緩和がもたらすカネ余りを背景に、巨額の投資マネーが怪しげな企業に流れ込む。フェイクで強欲な奴らがバブル再来を謳歌する一方、貧困層は増大し、経済格差は広がるばかり。そのうえ忖度独裁国家と化したこの国では、大企業や権力者の不正にも捜査のメスが入らない──。
そんな日本のゆがんだ現状に鉄槌を下す、痛快経済エンターテインメント小説が誕生! その名も『特捜投資家』。特別にその本文の一部を公開します!

第3章 傲慢な投資家(1)

前回まで]バブルな起業家たちが集う華やかなパーティで、フリージャーナリストの有馬浩介は気になる2人の男を見つけた。1人は凄腕投資家の城隆一郎、もう1人は城に口論を仕掛ける冴えない中年・兵頭圭吾だった。不可思議な2人の関係に何かを感じ取った有馬は密かに取材を始めるが──。

 3日後。午後2時。有馬浩介は取材手帳片手に、コーヒーを飲みながら待った。新橋駅前にある昔ながらの純喫茶。喫煙可。昼下がりの店内は弛緩した空気が漂う。くわえタバコでノートパソコンと向き合うビジネスマンに、口を半開きにして舟を漕ぐ学生風ふたり組。観劇前のティータイムなのか着飾った中年女性のグループは、海老様が、染五郎が、と贔屓の役者を連呼し、かまびすしいことおびただしい。

 スマホに夢中の高校生らしき男女4人組もいる。みな、スマホを見つめて指を動かし、言葉も交わさない。35歳の有馬には理解できない、不思議な世界だ。

 取材手帳をめくる。食い詰めたフリーでもこれくらいは取材できる。詳細に書き留めた兵頭圭吾の個人データ。地元大山で得た塾の情報をもとに、2日間、調べてみた。いやはや。名もない個人学習塾でくすぶっている中年男が、まさかこんな輝かしい経歴の持ち主とは。

 東京大学経済学部卒業後、当時の日本証券界の雄、山三証券に幹部候補生として入社──。

 兵頭のこの驚くべき過去を踏まえれば、六本木のセレブパーティで凄腕投資家と会ってもなんらおかしくはない。だが、わからないのは城隆一郎だ。ネットで得られる情報はごくわずか。東京生まれの46歳。世界的な投資銀行『ゴールドリバー』出身の個人投資家──。富子から聞いた情報を超えるものは皆無。出身大学さえわからない。正真正銘の一匹狼なのだろう。

 カラン、とドアのカウベルが鳴り、男が入ってくる。有馬は取材手帳を懐にしまい、なに食わぬ顔で待つ。ジャケットにスラックス、ショルダーバッグ。顔色の悪い痩身の男。警戒心もあらわに店内を見回し、有馬の姿を認めるや、身をかがめ、すすっと速足で歩み寄ってくる。

「どうも」有馬は笑顔で会釈する。男はむすっと押し黙ったままテーブルをはさんで座る。全国紙、読日新聞経済部デスク。三浦明夫、40歳。有馬の元先輩。

「景気、どうです」

 訊くな、と三浦はひと言。店員に紅茶を注文し、ぐっと顔を寄せてくる。脂っけのない髪に、充血した目とそげたほお。まるで疲労困憊の失業者だ。ひび割れた唇が動く。

「おまえこそどうなんだ?」

 有馬は軽い口調で返す。

「ボチボチ、です」

 そうかい、と三浦は大儀そうに椅子にもたれる。目に憐れみの色がある。フリーになった後輩は記者時代と同じ古びたブルックスブラザーズのスーツに、くたびれた革靴。この冴えない外見で懐具合を察したのだろう。有馬は空元気全開の明るい口調で言う。

「先輩、フリーもきついけど、新聞も負けず劣らずでしょう」

「まあな」横を向き、つまらなそうに返す。無精ひげの浮いたほおが隆起する。

「去るも地獄、残るも地獄ってとこかね。月並みだけど」

 新聞業界はまぎれもない斜陽産業だ。13年前、有馬の入社当時、日本を代表するクオリティペーパー、読日新聞の部数は850万部。しかし、加速する世の新聞離れとネットニュースの隆盛で、有馬が辞めた1年半前で実売500万部。いまは公称600万部といいながら実際は、300万を切っているだろう。

 三浦の表情が暗い。蓄積する疲労と先の見えない不安。その胸中や察するにあまりある。

 読日は、10年前に持ち株会社制度に移行している。読日ホールディングス傘下の不動産会社『読日リアルエステイト』のビル事業が好調で、本社つまりホールディングスの役員たちは新しく建て替えた高層ビルにオフィスを構えて優雅なものらしい。大新聞社の読日は東京や大阪の一等地のテナントビルを数多く所有するが、土地は元はといえばすべて国からの払い下げ。いい気なものだ。

 一方ホールディングスの子会社になった新聞社本体は、あっという間にグループ全体を赤字に転落させる「元凶」に成り下がり、毎年リストラと給料カットで締めつけても業績はいっこうに改善しない。

 目の前の無愛想な先輩は妻子持ちだ。コンビニのパートで生活費をまかなう健気なカミさんに、小学6年の娘と小2の息子。しかも10年以上前、読日がまだリストラ、給与カットと無縁の景気のいい時代、三鷹に購入したマンションのローンもある。カネはいくらあっても足りないだろう。

「三浦さんは経済部だから恵まれてますよ」

 どういうことだ、と濁った目でにらむ。有馬は語りかける。

「大企業のお偉方とつき合いがあるでしょ。辞めても食いっぱぐれることがない」

 ホントかよ、と三浦は鼻で笑いながらも、ゆがめたほおに期待の色がある。何ごとも斜にかまえ、疑ってかかり、本心を出せなくなったへそまがり。新聞記者のひとつの典型だ。有馬は苦笑を噛み殺して言う。

「クオリティペーパーの読日経済部出身なんだ。辞めたら引く手あまたでしょ、たぶん」

 それで、と三浦は先を促す。興味津々の様子だ。有馬は続ける。

「自動車メーカーや電機メーカー、大手商社、鉄道会社等の宣伝広報セクションは業界の事情、ルールに通じ、マスコミ連中を手際よくさばける経済部の記者を常に求めていますから」

 三浦はぐっと身を乗り出す。

「で、条件は?」そらきた。

「正社員で年一本とちょい」

 1200~1300万の年収。一方、読日は落ちぶれたとはいえ名門新聞社だ。三浦の年収は1000万はくだらない。ただし、取材費など実費込みである。部数の激減にともない経費の締めつけは強まるばかりで、取材に熱心な記者ほど金欠に陥る、という不条理がまかり通っている。

「別途、交際費もつきます」

「なるほどね」

 三浦は素っ気なく答える。紅茶が届く。

「まあまあだな」

 熱のない言葉とは裏腹に、紅茶にミルクと砂糖をたっぷり入れ、スプーンでかき回すその手の動きは力強く、表情も満足気だ。有馬はリクルーターになった気で畳みかける。

「日本を代表する大手企業ばかりですよ。おれみたいな社会部出身だとまともな企業は相手にしてくれません。羨ましい限りです」

 だろうな、と経済部デスクは紅茶を美味そうに飲み、ほくそ笑む。

「社会部は嫌われてナンボだ」

 こめかみが痙攣する。ちょいと持ち上げてやったら調子にのりやがって。が、悔しいことに当たっている。社会部は嫌われるほど、存在意義がある。

 そもそも、政治家の汚職、スキャンダルを扱うのは政治部ではなく、社会部である。企業の醜聞、不祥事も同様だ。つまり、政治部も経済部も取材先との信頼関係を崩しかねない厄介なネタはろくに調べもしない。

 全記者の半分を占める社会部(ちなみに政治部は一割弱)だが、社内の出世レースでは常に周回遅れ。トップグループは断トツで政治部・経済部、かなり遅れて外信部(国際報道)である。昭和のレガシーであるヘビースモーカーの酒乱鬼デスクがいまだ君臨する社会部など、問題外だ。その証拠に、社会部出身の社長はここ40年、出ていない。

 もっとも、魚心あれば水心で、新聞記者は互いに持ちつ持たれつだ。ときに政治部・経済部の連中も独自ネタを信頼のおける社会部記者に密かに流すことがある。社会正義のため? バカな。その逆だ。

 自信家で野心満々の政財界人はライバル、不倶戴天の敵を蹴落とすべく、独自のルートでネタをつかみ、懇意の担当記者に渡して暗に記事化を促す。政敵を追い落とすため。大手企業次期社長争いの熾烈なレースを制するため──。しかし、出世街道を驀進する政治部・経済部のエリート記者は例外なく、面倒はゴメン、とばかりに社会部記者に丸投げしてしまう。飢えた野良犬はパクリと喰いつき、一気にスクープ記者に昇格だ。政治部・経済部のエリート記者も政財界人のおぼえがめでたくなり、万々歳。三方、丸くおさまるわけである。

 有馬自身、三浦のネタで大企業のスキャンダル記事を大々的に打ち、編集局長賞を二度ゲット。晴れてスクープ記者の称号をものにしたが、財界からは要注意人物としてマークされる破目に。おかげでフリーになったいま、まともな企業取材はできない。だが、ものは考えようで、当時の関係があるがゆえ、現役経済部デスクも協力してくれる。こんなふうに。

(続く)