超金融緩和がもたらすカネ余りを背景に、巨額の投資マネーが怪しげな企業に流れ込む。フェイクで強欲な奴らがバブル再来を謳歌する一方、貧困層は増大し、経済格差は広がるばかり。そのうえ忖度独裁国家と化したこの国では、大企業や権力者の不正にも捜査のメスが入らない──。
そんな日本のゆがんだ現状に鉄槌を下す、痛快経済エンターテインメント小説が誕生! その名も『特捜投資家』。特別にその本文の一部を公開します!

第1章 バブル、再び(3)

前回まで]フリージャーナリストの有馬浩介はIT長者が主催する六本木の豪華パーティでクールな美女・五反田富子と再会する。スーパー起業ウーマンを自称する富子だが、その実態は成功した男たちを渡り歩く「サクセスジャンキー」であることを、かつて有馬は暴いていた──。

「いつもの連中はどうした」

 はあ?と富子が上目遣いににらんでくる。

「だからさ」有馬は周囲を見回し、言葉を継ぐ。

「日焼け肌にセラミック歯の青年実業家もどきの連中だよ」

 はんっ、と富子は鼻で笑う。

「あたしはあんたと違って時と場所をわきまえてんのよっ」

 元新聞記者の垢ぬけない格好を、上から下まで無遠慮に凝視し、舌打ちをくれる。

「まあ、ダサいというか、時間が止まっているというか、とっくに絶滅した昭和のブンヤの臭いがプンプンだね」

 この野郎、同情なんかするんじゃなかった。富子はすっと顔を寄せてくる。低い声が這う。

「ブンヤ、ここは勝負の場だよ」

 勝負の場? 富子は瞳を光らせ、獲物を物色する女豹のように凄む。

「ひと山いくらの男どもに用はないんだよ、あんたも含めて」

 まさか。いや、この女ならあるかも。有馬は声を潜めて問う。

「おまえの次の獲物、いやターゲットは──」

 あごをしゃくり、あいつか、とささやく。若きセレブたちと肩を組み、愛想よく写真におさまる日本屈指の大富豪、牧口翔。

「ああ、クレイジーショーね」

 素っ気ない口調で言う。クレイジーショー?グレートショーの間違いじゃないのか?

「海外じゃあ、そう言われてんのよ」

 サクセスジャンキーはつまらなそうに大富豪を眺める。

「またの名をビジネス界の独裁者、ワンマンショーとも言うけど」

 うまい、座布団一枚、と言ってやったが聞いちゃいない。

「閃きが命のワンマンショー、ここんとこ連続で社運を懸けた重大な案件を抱えてるからね。まずひとつめ──」

 真っ赤なマニキュアを塗ったひとさし指をピンと立てる。

「アメリカの携帯事業会社を3兆円で買収」

 次いで中指。

「二番目がイギリスの半導体メーカー。ショーいわく“ぶったまげるような格安の4兆円”だったかしら」

 薬指を立ててWサイン。

「三番目、シリコンバレーへの投資6兆円。ショーはいつもの調子で“10万人の雇用を創出する”とぶち上げ、頭のいかれた暴君大統領を狂喜させているわ」

 小指を伸ばす。

「四番目、ロシアのシベリア太陽光発電構想に2兆円。KGB工作員出身の大統領が、冷酷な素顔に不似合いな笑みを浮かべてスパシーバ。そして五番目──」

 親指を突き立て、艶然と微笑む。

「中国のアジア縦断高速鉄道に1兆円。水牛より無愛想な国家主席がショーの手を両手でがっちり握り、一帯一路の黄金微笑──」

 五本の指を軽く振る。

「日本が誇る大富豪のワンマンショー、独断でしめて16兆円の投資を決めているわけよ。ところが『ワールドワン!』本体は10兆円以上の有利子負債、つまり借金を背負ってアップアップしてんだから、怖くなるわ」

 マジか? マジにきまってんじゃん、と富子は返す。

「この閉じた島国ニッポンの外での評判はクレイジーのひと言に尽きるわ。カネの流れが止まればすべてのプロジェクトは暗礁に乗り上げてパー。ケタはずれの投資に対し、輝くばかりの笑みで応えた世界の三大トップも、カネの切れ目が縁の切れ目とばかりに知らんぷり。ハシゴをはずされたクレイジーショーは哀れ、真っ逆さまに墜落するしかないわけよ。もっともこの国も似たり寄ったり、1000兆円の借金まみれだし」

 ひょいと肩をすくめる。

「いくら売上高13兆円、営業利益1兆円の超巨大企業でも、その実態は天文学的な借金で沈みそうになりながら、ワンマンオーナーが一発大逆転を狙って、次々に新しい事業に乗り出すというクレイジーな自転車操業だもの。以前、側近の大幹部が──」

 沈痛な面持ちになる。

「どうした?」

 富子は宙をにらみ、口を開く。

「大幹部が辞表を懐に、決死の覚悟で意見したのよ。常軌を逸した自転車操業はもう止めましょう、限界です、と。するとクレイジーショーはなんて言ったと思う?」

「おれを信じろ、とか」

「そんなわかりやすいタマなわけ、ないじゃん。発想がお粗末な新聞記者じゃあるまいし」

 てめえ。が、次の言葉に慄然とした。

「ショーは傲然と胸を張り“なにも考えるな、考えるのはおれだ、おまえはただペダルを命懸けで漕げっ、死ぬまで漕ぎ続けろっ”、と叱咤したわけよ。大幹部は絶句し、そのまま辞表を出して逃げるように去った、と」

 富子は漆黒の髪をかき上げ、憤然とした口調で言う。

「風向きが変われば即、轟沈ね。いまさらそんな危ないやつ、狙っても仕方ないわよ。『ワールドワン!』が上場前の、いわゆるベンチャーの時代ならともかく──」

 超ワンマンの牧口翔をクールな美貌と口先でたらしこみ、女帝として『ワールドワン!』を好き勝手に切り回せたのに、ということか。

「あの田代だって崖っぷちだものね」

 くいとあごをしゃくる。マイク片手に、笑顔とトークでパーティを盛り上げる若き成功者。

「ワンマンショーにすり寄って甘い汁をたらふく吸ってきたけど、親分が転べばあいつも一蓮托生だからね。軽井沢の大別荘にひと山いくらのアイドルグループを連れ込み、テレビ局や広告代理店のお偉いさんと乱痴気騒ぎを繰り広げる、業界で評判のエロパーティも一巻の終わり。だから、親分、おれの桃色生活のためにも頑張ってください、と太鼓持ちをつとめているわけよ」

 まばゆいオーラに包まれた小男。満面の笑みでサインをし、アロハのひげ面とツーショット写真におさまるカリスマ、牧口翔。その裏に潜む強烈な修羅と狂気。有馬は身震いした。

「あいつは資産100億」

 はあ? 富子はしらっとした顔で言う。

「牧口と写真におさまったアロハよ。富裕層に特化した高級ミネラルイオン水の通販で大儲け」

 ビーチのあんちゃんのような男が100億円。ため息が出る。世の中、どっかおかしくないか? が、まだ上がいた。

「あのチャラ男はすごいよ」

 ほらあいつ、と指さす。おお、と声が出そうになった。細身にレインボーカラーのジャケット、オレンジのレザーパンツ、白いフレームのサングラスにツンツン立てた金髪。自意識が暴走してすべったミュージシャンのような風体の若い男がモデル風の女の子とじゃれ合っている。

「実家は赤坂にあるちっぽけな不動産屋で、もともとの社名は『太陽不動産』。あいつが3年前に継いで『サンシャイン・リアルエステイト』って社名に変更したのね」

 ふふっ、と意味深に微笑する。

「派手だけど安直なネーミングでしょ。そんで事業内容もガラッと変えちゃったのよ。IoTスマートライフの提案にハイクラスシェアリング、デザイナーズマンション経営プラットフォームサイトの開設、アプリで始める不動産投資クラウドファンディング、民泊チャットコンシェルジュ、それに……」

 なんのこっちゃ。富子は得々と説明する。

「でもメインの事業は以前と同じ個人向け賃貸で、新事業の内容はご想像のとおりたいしたことないんだけど、ヨコ文字のお題目だけ聞くとなんかすごそうじゃない。つまり、コテコテに飾った社名と同じなわけ。そこにころっとだまされて、大企業の無駄にエラいけど脳みそが岩のように固いおじさん連中がこぞって持ち上げて、われ先にと投資して、時価総額はいまやセンよ、セン」

 セン? なにがセン? もう、と富子がほおを膨らませて言う。

「1000億よ、いっせんおくっ」

1000億う? あのレインボージャケットにツンツン金髪の不動産屋が? もうため息も出ない。

「日本はいま、すっごいカネ余りだからね。大企業は、日銀の超金融緩和がもたらした株高と円安、それに公共事業と法人税軽減のおかげで史上空前の高収益を上げてウハウハ。だけど、偉いおじさん連中は身内にはケチで、しかも将来への確たるビジョンも自信もないから、従業員の給料や設備投資には回さない」

 自称“スーパー起業ウーマン”はしたり顔で解説する。

「使い途のないカネが余って仕方ないのよ。その行き場のない巨額マネーが流れ込む先が得体のしれないベンチャーってわけ。いわゆるベンチャーバブルね」

 こんなケースもあるのよ、と富子は嬉々として語る。

「ビッグデータとかAI、仮想通貨、VRといった最先端のキーワードに、ヨコ文字の経営分析用語をずらりと並べ立てて《革命的な情報産業》、と大々的に謳ってね。実際は単なるメール配信サービスのシステムなんだけど、口八丁手八丁で大企業にまんまと売りつけて、150億稼いだ元フリーターもいたわ」

 有馬は砂を噛む思いで答える。

「真面目に働くのがバカらしくなるな」

「もっとバカらしくなるわよ」

 富子が目配せする。

「あいつら、見なさいよ」

 キャッキャと騒ぐ小柄な女性。ふわっとした栗色の巻き毛、フリルのついたワンピースに、水色のサンダル。大きな瞳。小ぢんまりした鼻と唇。AKBとか乃木坂といった、アイドル風の女だ。浅黒い肌のワルメン相手に、なにがおかしいのか笑い転げている。

(続く)