たとえば、インド人は勤務中にしょっちゅう家族と電話しているし(会話はインドの言葉なのでわからないが、家族間の問題のことを話しているようだ)、フィリピン人はたくさん食べ過ぎたときはしきりに立ち上がる(座っていると体が折れ曲がっているから、食べたものが下っていかないという理由だそうだ)。

 より深く人と関わるほど「違い」を感じてしまう職場なのだが、グローバル環境で働く人たちはお互いの「違いを拒絶・線引き」するようなことはしない。ただ「understand」(理解)しているように思える。

 もっと言うと、いちいち理解するのもパワーを使うので、「違い」に対して「Agree」(同意・賛成)をする必要はない。ただ、「そういう価値観もあるんだな」と拒絶することなく、相手の「存在を認める」だけでいいのだ。

 それぞれに違うバックボーンを持つ個々が混じり合うダイバーシティ環境のニューヨークは、「人種のサラダボウル」と言われる。トマトはトマト、レタスはレタスの姿のままで1つの“サラダ”をつくり出しているように、そこで暮らす人々は、バラバラな「違い」をキープしたままで、交じり合って街を形づくっているのだ。

ドラッカーも唱える
対人関係のポイントは「聞く力」

 日本についても同じことが言える。近年何かと「若者の理解不能な行動」が取り上げられたりするが、ただ「理解できん」と一刀両断するのではなく、理解不能なところは「ただの違い」と「理解」して、上手く「サラダ」をつくり出すことができるはずだ。

 日本は2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、あらゆる業界・企業で外国人との関わりが増えている。外国人同士で交じり合ったダイバーシティ・マネジメントは、より複雑さを増していくだろう。「“違い”を“理解”して仕事を回す」という、ダイバーシティ・マネジメントのコアは変わることはない。

 経営の神様と呼ばれたピーター・ドラッカー博士は、他者との関わりについて、このうように語っている。

 多くの人が、話上手だから人との関係は得意だと思っている。対人関係のポイントが聞く力にあることを知らない――。