それからテレビやネットで安室奈美恵の活躍を目にすることがあったが、Aさんはかつての恋人を見守るような視線を送り続けた。そしてとうとう安室奈美恵の引退である。Aさんは自分でも思っていないほどのアムロスに見舞われた。
「彼女からはとうに卒業したつもりで、別々の人生を歩むことにはなったがそれで良しと納得しているつもりだった。しかし彼女の引退を受けて、この胸にぽっかりと穴があいたような気分はなんだろうと」
話していくうちにAさんは得体のしれない空虚さの正体を徐々に見定めていっているらしかった。
「そうですね…大切な人と死別するのに近い感情かもしれない。自分は父を亡くしているのでそれとはまったく違う種類のむなしさではあるけれども、今の自分の気持ちを言い表すなら『父との死別』が一番近いというのも確か」
安室奈美恵が表舞台から退くということは、一般人には彼女の動向を知るすべがなくなるということである。思い出が完全に更新されなくなったという点において、確かに彼女の引退は死別と共通するところがある。
安室奈美恵は「1年後の9月16日に引退」と発表し、その後活動を続けてから宣言通り身を引いた。
「引退の発表はもちろんびっくりしたが、実際に引退するその日までは心の余裕があった。信じたくない気持ちがありつつ、『まだ引退してないから大丈夫』と」
そして安室奈美恵が本当に引退してしまったその日から、Aさんは抜け殻となった。
激しいアムロスの日々
立ち直るきっかけをくれたもの
日中は仕事をしていれば気が紛れるから救いがあったが、帰宅してからは苦痛の時間であった。あまりの落ち込みぶりに妻も心配し、精神的な浮気ともいえる狂態を演じているAさんのためにわざわざネットで安室奈美恵のライブDVDを注文するなどしてくれた。Aさんは心から礼を述べ、部屋にこもって毎日何時間もDVDを見て過ごした。