この責任は、反対一辺倒で、法案を廃案に追い込む国会戦術をとった野党側にある。国政選挙5連勝によって、衆参両院で圧倒的多数を誇る安倍政権が提出した法案が成立することには「民主的正統性」があり、当然である。廃案に追い込むというのは、現実的ではない。

 野党は、国会の外をデモが取り囲んでいるから法案を撤回しろというが、おかしなことだ。デモに出ている人たちの「声」は大きいが、日本の大多数が同じ考えだとは限らない。むしろ、安倍政権の長期間に渡って安定した内閣支持率をみると、「声の小さな」静かな人たちこそ、「サイレント・マジョリティ」なのではないだろうか(第162回)。

 少なくとも、「声の大きい人たち」が多数派と客観的に判断できないのだから、選挙に勝って多数派を形成している政権の意思が通るべきだ。デモを優先しろというのは、「立憲主義を守る」とは真逆であり、むしろ「議会制民主主義」を冒涜するものだと思う(第158回)。

白紙委任で通せという安倍政権は
「交代可能な独裁」の許容範囲を超えた

 だが、今回の改正出入国管理法案の国会審議は、これまでの安倍政権の重要法案の審議とは、全く異っているのではないだろうか。これまで野党は、国会審議で一貫して「リスク」の存在を主張してきた。「特定秘密法」や「テロ等準備罪(共謀罪)法」には、ジャーナリストや民間人の弾圧につながるリスクがあった。「安保法制」には日本が戦争に巻き込まれるリスクや、憲法改正から軍拡路線につながるリスクがあった。

 今年成立した、「働き方改革」には長時間労働、過労死を増加させるリスクがある。「IR推進法」でギャンブル依存症を増やすリスクがある。野党は、これらのリスクがゼロでなければ、なにも変えてはならないと主張してきた(第189回)。

 だが、安倍政権は、野党の追及にしどろもどろになりながらも、答弁を続けた。野党の主張は理解を得られず、安倍政権への一定の支持につながっていた。戦後「平和国家」であることを謳歌できた時代であれば、野党の主張も理解できた。だが、現在は北朝鮮の核ミサイル開発や中国の海洋進出が国民の懸念となり、ドナルド・トランプ米大統領は「アメリカファースト(米国第一主義)」を標榜し、「世界の警察をやめる」と言っている(第181回・P.4)。日本が自らの国を守る備えをする必要があるのは間違いない(第180回)。