私の話に戻せば、それはちょうど55歳くらいの時に、切り替えようと努力をしました。そのために自分を見つめ直しました。まず、自分がどう認知され、称賛されているのかどうかを冷静に判断しようと努めました。すると、テレビの仕事はなくなったとしても、その他の仕事は充実している。自分を必要としてくれている人たちも決して少なくないと素直に認知できるようになってきました。

 それまで見過ごしてきたことも見えてきました。わかりやすく言えば、有頂天の人間は、とても視野が狭いものなのです。輝くものを見据えてしまうと、昼間の星と同じように、その光に隠れて大切な星が見えなくなってしまうものです。

 ところが目を転じると、星々がそこに確かに存在していると気がつく。それは家族であったり、仲間であったり。私の場合は学生であったり、読者であったりしました。もちろん、私を頼ってくれている仕事のクライアント、関係者もたくさんいました。自分のことを本当に大切にしてくれるのは誰なのか。その誰かを発見することで、人生の見え方は大きく変わっていきます。

 それこそ叙勲だけが称賛ではありません。むしろ本当に自分を大切にしてくれる人からしっかりと認知され、称賛されているかどうかのほうが大事なのです。もし、そうでないとすれば、その状況の改善から努力すべきでしょう。昔からそこにいた人たちでも、新たに出会った人でもいいのですが、そういう人たちにインプットし、その人たちからアウトプットを得ることが本当に重要なのです。

幸せの基準を
引き下げてみよう

 過去を自慢することに生きがいを見つけて生きる人は過去にだけ生きていて、今を生きていない。ましてや未来に向かっても生きていない人です。過去のアウトプットでしか自分を認知できずに、これから新たな称賛も得られないと思っているのでしょう。

 そういう人は、現実を直視するのが怖いのだと思います。誰からも必要とされていない自分がちっぽけに見えてしまいそうなのだと思います。会社以外で生きてこなかった人はそうなりがちです。