新しい経営の器作り――持ち株会社によるグループ会社と事業の再編、委員会等設置会社への移行、内部統制基準が厳しいニューヨーク証券取引所への上場、日米欧のリスク管理体制の導入――渡部は時にトップから命じられ、時には先回りをして提唱し、有能な補佐役としてこれらの新経営体制の理論を組み立て、実務を切り回した。

 渡部は時々、おどけて「また遊んでいるところなんだ」と言うことがある。それは何か新しい分野――例えば、上記のコーポレートガバナンスや一時担当していたコンピュータ・システム――を手がけていることを意味するのだが、彼は短期的に集中して勉強し、要所をついた知識を習得することが得意かつ面白いらしい。

 渡部はこの10年間、財務危機を乗り切る豪腕、新しい絵を描く論理的構想力という2つの能力を発揮してきた。ただし、それはあくまで黒子としての振る舞いであった。

 時のトップの傍にあって改革の鋭いナイフを振り出す、つまり、ナンバー2としての凄みと怖さが、社内外に刻印されてきた(もっとも、トップにとっては実に頼りになる懐刀だが、耳に痛いことを過剰なまでに口にしたから、とうてい可愛げのある部下ではなかったろう)。

 つまり、彼の実績も立ち居振る舞いも、社長候補として評価されたわけではなかった。この3年間、経験のない国内リテールを責任者として担当して成功を収めたが、それでも“渡部社長待望論”はごくごく一部にしかなかった。

 その懐刀のはずの渡部が社長に就くとともに、社長と両副社長の3人が退任、5つの主要部門の最高責任者ほとんどが入れ変わるという新体制が発表された3月3日、社内外に衝撃が走った。一体何があったのか――。

 だが、サブプライム関連の損失が予想を大幅に上回る2600億円に達し、9期ぶりの最終赤字に転落、おまけに劣後債、劣後ローン合計3000億円を調達する計画を進めているという発表が行われてからは、そんな疑問は解消しただろう。

 10年前に類似した修羅場を越え、この10年間とみに増した保守性を打ち破るには、野村の危機をすべて知り尽くした懐刀に、トップとして経営を委ね、改革を託するしかなかったのである。(敬称略)