金融政策は統一されたが財政政策は各国ばらばらという欧州の本質問題を指して、専門家たちは「欧州は米国のハミルトン以前」と形容する。ハミルトンとは、地域ごとにバラバラに債券が発行されていたのを統一して、連邦債を発行した米国の初代財務長官である。ギリシャ、アイルランドにとどまらず、ポルトガルやスペインへの飛び火も懸念される財政危機の連鎖不安を受けて、欧州が“ハミルトン後”に移行する可能性はあるのか。目の前の危機の行方とあわせて、白井さゆり・慶應義塾大学教授に聞いた。
――アイルランドはなぜ、EU(欧州連合)、IMF(国際通貨基金)、ECB(欧州中央銀行)総がかりによる救済支援を受けなければならなくなったのか。
慶応大学総合政策学部教授。経済学博士。専門は国際経済、マクロ経済、アジア経済。慶応大学大学院修士課程修了。コロンビア大学大学院博士課程修了。「欧州迷走」(日本経済新聞社)など著書多数。
財政赤字と公的債務が巨額に膨れ上がり、独力では立ち直れず、ポルトガル、スペインといった“次の危機国”に波及しかねないと、その三者が判断したからだ。当初、アイルランド政府は救済支援を拒否したのだが、とりわけ、ECBが申請せよ、と強く迫った。
財政赤字のGDP比は2009年の14%から10年には32%に急膨張した。公的債務のGDP比は、10年には97%だが早晩150%まで増えるだろうとみられている。
財政の急激な悪化は、金融危機、銀行危機が原因だ。財政赤字GDP比32%のうち、20%が銀行の損失を埋める増資に使われた。それを除いたら12%で、今年の財政赤字目標を満たすので合格点だ。だから、財政運営の失敗によって危機に至ったのではない。
――GDP比20%を日本に当てはめれば、およそ100兆円だ。それだけの資金を今年調達したのか。
そうではない。この資金は今後10年かけてアイルランド政府が調達していくので、今すぐに市場で国債を発行して調達する必要はない。しかしEUの会計基準により全額を10年の財政統計に計上しなければならなくなった。だから今年の財政赤字は20%分増えたのだ。しかし政府の負担になる事実は変わらないし、市場はアイルランド政府の負担能力に懸念を高めている。アイルランドの国内銀行の総資産はGDPの4倍という、とてつもない規模にまで拡大した。その劣化が、止まらず、今後も負担が増えていく可能性があるからだ。
ユーロという統一通貨に参加しているメリットを生かして、アイルランドの銀行は欧州の銀行から大量の資金を借り入れた。それを不動産業者や家計の住宅ローンに貸しまくった。当然、バブルが発生した。10年間で不動産価格は、4.5倍に上昇した。
ところが、08年9月のリーマンショックでいっせいに返済を迫られる一方で、国内のバブルが崩壊した。資金が調達できず、資産は一気に不良化した。アウトだ。
政府は三大銀行の一つを国有化し、巨額の公的資金を投入した。だが、大海の一滴かもしれない。4.5倍に上昇した不動産価格は、ピークからまだ30%程度しか下落していない。景気と雇用の回復の見通しが立たなければ、底が見えないまま、下がり続けるだろう。銀行の損失拡大は止まらない。