世界の通貨安競争に巻き込まれ、日本経済は円高によって体力を消耗していく。一方、持続可能性がほぼ潰えた財政危機を考えれば、いずれは円安に大きく振れることは確実と思われる。円高から円安へ――大転換のショックを和らげる戦略が必要だと、小林慶一郎・一橋大学経済研究所教授は指摘する。

――今年の日本経済は15年ぶりの円高ショックに見舞われた。円高は現在の日本経済にどのようなダメージを与えているのか。

 図を見てほしい。

 GDPに占める製造業の割合は、1990年に右肩下がりで20%程度まで低下したが、2002年を底に右肩上がりになって08年には23.5%程度まで上昇した。原因は円安だ。超金融緩和や度重なる為替介入によってバブルとまで言われた円安になり、縮小の一途だった輸出製造業が復活した。2002年から始まった戦後最長の景気回復は、輸出主導型だった。その輸出主導型経済が、リーマンショック以後の円高でダメージをこうむっている。

――15年ぶりの円高と騒がれるが、物価の変動を差し引いた為替水準である実効為替レートでは当時の水準とあまり変わらないので大きな影響はないはずだ、という指摘も少なくない。

小林慶一郎教授(一橋大学経済研究所)

 確かに、実効為替レート自体は1990年代半ばの水準とそう違いはないが、グラフにあるように当時よりGDPに占める製造業の割合が上昇している。また、長期の経済低迷が続いた結果、日本経済と個々の企業の体力が弱っている。そこに急激な円高というショックが加わったので、輸出製造業とりわけ中堅中小企業には打撃だ。

――20年も経済低迷が続く日本の通貨が、なぜ強くなるのか。

 ブラジルの財務大臣が喝破したように、各国が通貨安競争に突入したからだ。欧米は金融危機からの立ち直りが遅い。とりわけ、きしむ金融仲介機能を補助するために米国は大胆な金融緩和を続けている。それは同時に、基軸通貨のドルの価値を下げ輸出増大を図るための施策でもある。

――米国経済の本質的な問題は何か。

 米国の状況は、不良資産問題に苦しんだ1990年代後半の日本と酷似している。米国の住宅市場価格は低迷を続け、商業用不動産価格はこの夏に再び下落し始めた。つまり、金融機関の貸し出しが家計向けも企業向けも不良資産化し、さらに悪化する懸念が大きい。大手銀行には不良資産の相当量が処理されないまま、塩漬けにされていると思われる。マーケットは、仮に大手銀行が抜本的処理を行った場合、たちまち資本不足に陥って破綻してしまうほどの不良資産を抱えているのではないかという不安を抱えている。他方、大手銀行は自らの傷み具合を自覚しているだけに、他行の財務状況にも疑心暗鬼になり、その結果信用が収縮している。