朝倉祐介さんが著書『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の中で、ファイナンス思考を実践している企業として紹介したのがコニカミノルタ。2社が経営統合して誕生した同社は、主力だったカメラ事業と写真フィルム事業から撤退したうえで、主力事業への注力と新規事業の確立、また、財務の健全化を進めて持続的な成長を遂げられる企業へと変貌しました。リーマンショックの直後という経営環境が最も悪化した時期にトップを務めた同社取締役会議長の松崎正年さんと朝倉さんの対談がついに実現。今日のコニカミノルタに至るまでの変革の経緯について、詳しくうかがいました。(構成:大西洋平、撮影:野中麻実子)

リーマンショックの直後に社長就任

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 日本経済新聞の「あすへの話題」というコラムで拙著『ファイナンス思考』を取り上げていただき、誠にありがとうございます。

松崎正年(まつざき・まさとし)さん
プロフィル/コニカミノルタ株式会社取締役会議長
1976年小西六写真工業株式会社入社、98年コニカ株式会社情報機器事業本部システム開発統括部第一開発センター長、2003年コニカミノルタビジネステクノロジーズ株式会社取締役、2005年コニカミノルタホールディングス株式会社執行役兼コニカミノルタテクノロジーセンター株式会社代表取締役社長、2006年コニカミノルタホールディングス株式会社取締役兼常務執行役、2009年4月同社取締役兼代表執行役社長、2013年4月、コニカミノルタ株式会社取締役兼代表執行役社長、2014年4月同社取締役兼取締役会議長(現任)。

松崎正年さん(正式表記は、立つ崎。以下、松崎) こちらこそ、ご著書の中で当社の事例を紹介していただいて光栄です。開示されている情報をもとに、きちんと分析していただいてありがとうございます。

朝倉 私は拙著の冒頭で、「なぜ日本からGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)は生まれないのか?」という点について考察しています。そして、ファイナンス的な発想が行われていないことがその理由の一つだと指摘したうえで、逆に実践している企業の事例も取り上げました。ただ、Amazonやリクルートといった企業だけ紹介しては、「海外の企業や個性的な企業だから、そういった発想ができるのでは?」と読者があきらめを感じてしまう気がしました。そこで、日本の伝統的な企業であっても、ファイナンス思考で経営に取り組んで伸びてきた会社があることも伝えたいと思い、非常に事業環境が厳しい中で2003年に経営統合を行って改革を続けてきた御社について書かせていただいた次第です。

松崎 コラム「あすへの話題」にも書きましたが、私は次世代リーダー向けの研修で、「これからのビジネスリーダーは、ファイナンス頭脳とITリテラシーを備えるべきだ」とつねづね訴えてきました。なぜファイナンス頭脳かといえば、日本企業の間では、攻めるべきところで抑えてしまうケースが散見されたからです。本来、成長のために必要だと思ったら、厳しい局面でもあえて積極的に投資するのが経営です。そのためには戦略的に資金調達を行わなければなりませんし、投資した後はしっかりとリスク管理を図って事業を推進し、出資してくれた人たちに対しても説明責任を果たさないといけない。そういうファイナンス的な頭の使い方が必須なのです。もうひとつ、ITリテラシーについては、海外の企業はITを当たり前のように活用し、戦略を考えるベースにしているため、これも不可欠です。そういった話を訴え続けてきていたので、書店で朝倉さんのご著書のタイトルを拝見した瞬間、直感的に私の持論と同じだろうと思って、その場で購入させていただきました。

朝倉 ありがとうございます。『傍流革命:小が大と戦うビジネス・アスリート経営』という松崎議長のご著書を拝読していても、幹部向けの研修(EDP=エグゼクティブ・ディベロップメント・プログラム)に力を入れていらっしゃる様子がうかがえました。そういった研修で、特にファイナンス頭脳が重要だとお考えになるのはどういった理由からなのでしょうか?

松崎 私が社長に就任したのはリーマンショックの直後で、「来年は今年よりも業績を伸ばす」という一本槍のミッションではとても太刀打ちできない状況に陥っていました。先行きがまったく見通せず、お客様の間でも、不測の事態に備えてとりあえず発注を控えておく動きが広がっていたのです。リーマンショック以前に策定していた中期経営計画も、その前提が成り立たなくなってしまっていたわけです。そういった環境下で自分の果たすべき役割は、同じような危機的状況が再び起きてもこの会社を絶対に沈没させず、持続的に成長できるように実力を養うこと、そして、イノベーションを継続的に生み出し、お客様に対して今までにない価値を提供していくことだと考えました。まさにそれは、朝倉さんがご著書の中で訴えているように、目先の利益を取り繕うのではなく、もっと長期的な視野で成長をめざしていくこと、つまりファイナンス思考で取り組むことが必然なのです。

分社化した後、再統合した理由とは?

朝倉 御社の場合、旧コニカと旧ミノルタの経営統合が象徴するように、リーマンショックのかなり前から大胆な改革を進めてこられました。改革のDNAのようなものが根付いているのでしょうか?

松崎 私が思うに、ポイントは経営統合の前に旧コニカが持ち株会社制に移行したことにあったと思います。そのきっかけは、実は当社のある事業に関心を抱いた会社から事業買収の案件が持ち込まれたことでした。それまでPL(損益計算書)中心の管理でしたから、事業ごとのBS(バランスシート。貸借対照表)は作成しておらず、先方が関心をもった事業にどれだけの価値があるのか、客観的な判断がつかなかったわけです。結局、その買収は成立しなかったものの、これを契機として社内カンパニー制を導入しました。しかし期待通りには機能せず、事業別に分社化することになったのです。そうなれば、おのずと個別にBSを作成しなければなりませんし、キャッシュフローの創出が大事だということを各事業会社のトップが自覚します。当時の私はまだ部長職で役員になっていませんでしたが、事業別に資産やキャッシュも把握する重要性について学びました。

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さん
プロフィル/シニフィアン株式会社共同代表競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)など。

朝倉 規模はかなり小さいのですが、私もミクシィの社長時代に事業部を子会社化したことがありました。その際に狙ったのは、管理会計(その会社の内部で活用するための帳簿処理)から財務会計(外部の利害関係者に対し業績を告知するための帳簿処理)へ変えることです。事業部時代は「寄らば大樹の陰」で済んでいても、切り離された後は極端な話、キャッシュが尽きてしまったら会社が倒産してしまうという危機感が生まれます。この策が当該部門の意識改革につながったという実感はあります。

松崎 分散か統合かというのは、そのときの環境によって難しい選択ですね。
 私が社長の時代には逆に、7つの子会社を吸収合併して、1つの事業会社にしました。取締役会では社外取締役などから「なぜそんなことをするんだ」「自分の会社は分社化して業績が上がった」と反対の声も出ました。しかし、私の狙いは、それぞれの事業を本質的に強化することにありました。特に光学事業は、カメラの撤退後、主にコンシューマー向けのコンポーネントを手掛けていたのですが、潮目が変わったと感じていました。自社の強みを生かしたビジネスを展開できず、海外勢との価格競争に巻き込まれていたからです。なんとか当社の技術力を生かして、産業用の領域で社会課題を解決する方向に舵を切るべきだと考えました。そのために人財や知的財産を含めたリソースをその方向に集約したいが、分社化したままでは手続きが煩雑になり、スピード感を持った事業転換ができないため、再統合に踏み切ったのです。

朝倉 社内の反対があっても、再統合が必然だと判断した最大の要因は何でしたか?

松崎 旧コニカが持ち株会社化した当時の社長から、その背景をあらためて聞いたことです。すると、先にも述べたような経緯だったので、事業部ごとにBSやCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)をしっかり管理するという今までの習慣を崩さなければ、1つの会社に再統合しても大丈夫だという確信を得ました。

朝倉 お話をうかがってくると、経営統合のみならず、ずっと激動の歴史の中を突き進んでこられたのだなと痛感させられました。社内での議論も紛糾する中で、松崎議長はどのようにして会社の方向性について周囲を説得していったのですか?

リーダーは、方針そのもの以上に、「なぜそうするのか」を説明することが大事、と松崎さん

松崎 リーダーは「どちらに向かうのか」という方針を明示するのは当然ながら、その際に「なぜそうするのか」について説明することが大事だ、と私は考えています。「WhatよりもWhy」を伝えることです。一般的に多くのリーダーはその方針を実施する理由の説明が足りない気がします。私は、社長に就任以来、変わらない大方針として、持続的成長を遂げられる会社を目指すと社内に訴え続けました。リーダーの発言に一貫性がないと部下に戸惑いが生まれるので、目指すべき大きなミッションを変えるべきではありません。しかし、それを実現する戦術については、環境がこのように変わったから、戦術のこの部分は変える必要がある、と説明して納得を得ることが高い実行力につながると思います。社長として、ミッションの実現のために現段階で何をすべきなのかをきちんと説明する姿勢は絶対に崩さないように努めてきました。

朝倉 松崎議長は社長時代にステークホルダーとのコミュニケーションにも積極的に取り組んでいらしたそうですね。株主に対してもwhyをされてきたということでしょうか。

松崎 ファイナンス的な考え方に立てば、株主や投資家に会社の状況をきちんと伝えることは当然の役割です。私が社長のときには等身大のIRを心掛けるようにしました。数字という結果の先に向けた取り組みについて、やっていることをしっかりと伝える一方で、やってもいないことまで大袈裟に伝えないこと、良い情報だけでなく、悪い情報も包み隠さず発信することが大事です。

朝倉 ご著書にも書かれているように、足腰の強い体質を作ることが本質であって、いたずらに大きく見せても無意味だ、ということですね。(後編につづく)